エンド・オブ・ザ・ワールド



 「どうして泣くんだ?」と如何にも駄々っ子を諭すような優しげな声色で彼は子どもの濡れた頬に手を伸ばす。そんなに泣いたら目玉が融けてしまうかもな、冗談めかした言葉で微笑むけれど、子どもはぼろぼろと涙を零すだけ。潤んだエメラルドは何も映さない。乾いた唇がかすかに動く、同じ言葉を繰り返し繰り返し。引き攣った喉の奥で言葉は凍りつき、吐息にしかならない。それなのに血の気の引いた唇を開くのをやめない。縋るように、祈るように。

 そんな様子にピオニーは微笑む。真っ白なくせに噛み締めすぎて血の滲んだ唇に指を触れさせる。あんなに愛らしかったのに台無しだ、悪い子だな。そう呟くと、子どもは一層涙をふるい落とす。雫は頬を伝い、顎を伝い、まっさらなシーツを濡らしてゆく。真っ白な部屋、壁も床もベッドのシーツも枕も窓枠もカーテンも何もかも。きれいな子どもにふさわしい空間。この部屋の中でお前は自分の掌を見るだろうか。お前の髪の色と同じ赤で染まった掌を。

 なぁいい部屋だろう?お前のために特別に誂えさせたんだ。お前にはなんだってやろう、居場所がないだなんてもう泣くことはないんだぞ?お前の居場所はここなんだから、俺の隣り、心臓の真下、そこがお前の居場所なんだ、ルーク。

 唇に触れさせた指先に血が触れる。この子どもの血はきっと甘いだろう。白い肌を切り裂き、心臓に触れ、その甘い血を直に啜ってやりたいと思う。残念なのは、そうしたらお前はもう動かないということだけ。そのために俺はこの欲求を押し留めている。けれどその欲求はあまりにも強く、いつか俺はそれを叶えるかもしれない。その日のことを思い浮かべるだけで恍惚に触れられる。輝かしい日!俺はそれを望んでいる。

 ルーク、なにがほしい? お前は何もかもを手に入れられる。俺の傍にさえいれば。甘い声で囁く、赤い髪が散らばったシーツの上の耳元で。

 うちの料理人がつくったチョコレートケーキは最高だぞ、上に飴細工の薔薇が載っているんだ、すごいだろう?あとでつくらせよう。それにお前が気に入っていた焼き菓子も、めずらしい果物も取り寄せたんだ。お前が喜ぶと思って。お茶の時間をたのしみにしているといい。それとも今持ってこさせようか。そうだ音機関で動くカラクリ人形もあるんだ。それにお前が気に入りそうな玩具もゲームも。ここからは海しか見えなくて殺風景だと云うのなら、花を持ってこさせよう。雪国の花も、南国の花も、お前の故郷の花も、なんだって手に入れてやろう。この部屋いっぱいを色とりどりの花で埋め尽くしてやる。お前の赤い髪に映えるものがいいな。ルーク、欲しいものがあったら何でも云えよ。お前はここにいれば世界を手に入れられるんだ。お前が望むのなら、俺がお前に世界を与えてやろう。世界中がお前に平伏すんだ。もう誰もお前をレプリカだなんていじめたりしない世界だ。さぁ云ってごらんルーク、なにがほしい?

 指先で赤い髪を弄びながら君主は囁く。お前は世界を手に入れられるんだ。

 硝子玉みたいなエメラルド、きれいなだけのそれは何も映さない。最後に映した残像だけを焼きつけて、繰り返し繰り返しその情景だけを思い返している。亡霊が微笑みかけてくれるのを待っている、いつまでも、いつまでも。哀れにも亡霊はもう子どもの元には戻らないとわかっているのに!

 エメラルドがまたぽろぽろと雫を落とす。シーツに吸い込まれ滲んでゆくものはもしかしたらこの子どもの破片だろうか。亡霊と一緒に砕けたかった望みが叶わなかった代わりに。

「さぁルーク、なにがほしい?」

 愛しげに触れる指先、目じりから頬のラインをなぞり、顎をあげさせる。落とされる口吻け。乾いた唇の感触。

 子どもの唇がかすかに動く。ずっと呟き続けていた亡霊の名ではない言葉。ピオニーは耳を寄せる。吐息に溶け込んだ呟きはともすれば空気に触れた途端霧散してしまいそうだった。風の音に似たかすれた声。

(・・・て、・・・えし・・・――― か、  え、  し、  て、 )

 大粒の涙。頬に舌を這わせて舐めとる。にっこり微笑んでピオニーは子どもの名前を呼ぶ。「ルーク、」エメラルドが縋るようにピオニーを見つめる、かすかな期待に滲んだそれを見つめながら王が告げる。

「それは駄目だな。お前にも俺にも必要のないものだよ」そうゆっくりと一言一言噛んで含めるように。絶望で沈んでゆく瞳を見つめて、うっそうと口の端をあげる。

「だってそれはもうないんだから、お前の傍には戻らないよ」

 望むのならば眼前につきつけてやろう。そのさまを。お前の髪と掌と同じ色に染まったお前の大事なネクロマンサーの首を、血の滴り落ちる心臓を! そうしたらお前は気づけるだろうか。もうお前の居場所はここにしかないということを。

 なぁルーク、と優しげに。お前を愛しているよ。お前には世界をやろう。お前に似つかわしい、甘ったるい世界を。






初めてちゃんと書いたアビスがこれかよ!という気がします。
陛下が黒く酷くえげつなく、最低なひとですね・・・ジェイド・・・・・・ジェイルク最愛なのに・・・。
あまりに意味がわからない話なので、ここに至るまでを考えてみました。
ちょっと長いのでこの下に。宜しければお付き合いください。やっぱり陛下がひどいです。
2006.02.19






えーと、流れをよく記憶していないので色々間違っているとは思いますがまぁ気にせず。

陛下に夜中呼び出されるんですよルークは、そんで「お前に頼みがある」って、城内に裏切り者がいるんだ、そいつを殺してくれないか。もちろんルークは断るんですけどね。

それでも、あ、平和条約締結前とかにすればいいかな、それをしてくれたら条約を結ぼう、けれど受けてくれないときは・・・みたいな。完璧脅しですね(笑)。

で、仲間の命とかも盾に取られて、どうする?この条約が結ばれなければもっと多くの人間が死ぬな、って笑顔で云われるんですよ。でもそんなの頷けるわけがない。戦闘時ですらひとを殺すのに戸惑いがあるのに。でも断るわけにもいかない。それで、とりあえず一晩待ってくれ、って云うんです。誰かに相談しようか、とか思いつつ。でもみんなと泊まってたら、「もうすぐ平和条約が締結されるのね」「ねーほんっとよかったあ〜」「これで多くの民が救われますわ」「そうだな、このことが世界にもたらすものは大きいだろうな」「そうですね、犠牲は最小限に抑えなくてはいけませんからね・・・どうしましたかルーク?」嬉しそうな皆を見て、ひとりぎゅっと唇を噛み締めるルーク。ううんなんでもないよ、そうだよな、犠牲は少ないほうがいいもんな!そのときは笑顔でこう云うんですが、皆が寝入った後にひとり考えるルーク。
(そうだその方がいいに決まってる、俺が、俺一人がもうひとつ命を背負い込むだけ、それで世界が、多くの人々が救われるんだ、でも、でも・・・・・・)
やっぱりどうしても決心がつかず、悩みながらこっそり部屋を抜け出して陛下の下へ

「待ってたぞルーク、こころは決めたか?」
「・・・ッ陛下、でも、でも俺・・・・・・やっぱり、そんなことできません・・・」
「・・・そうか、なら仕方ないな」と笑顔を浮かべるピオニー。
「陛下・・・!」顔を輝かせるルークにピオニーは微笑みます。
「ならナタリア殿下にお頼みするしかないな」
「え・・・?」
「何だったら導師護衛役の少女でも、魔界の彼女でも、ガイラルディアでも・・・ああ、ジェイドでもいいな。むしろそっちの方が適任かもしれない」
「ジェイ、ド・・・に・・・?」
「ああ、あいつなら躊躇なくやれるだろう。そういう男だからな」

とこういうゆさぶりを掛けられて引き受けちゃうんですね。他の誰かがやらされるんなら、俺がひとりで終わらせればいい。そうしたら誰も苦しむことはないんだから、と。
因みにルークはジェイドが好きなんですね。もちろん口に出さなくてもジェイドのルークのこと愛してますよ。ジェイルクもえ! だからジェイドの名を出されると弱い。陛下もそのことは知っていて、だからこそジェイドの名を出す。実際ジェイドはこう云われたらやると思います。実際ひとりの犠牲で多くの人々が助かるのなら、それを実践する男ですからね。ルークもそれはわかっている。わかっているけど、いやだからこそ、そんなことジェイドにはやらせたくないと思うんですね。純愛。

そんでもって、さぁここだ大丈夫食事に薬を盛ったから暴れることはない、と部屋に連れてこられ、震える手でベッドに剣を突き立てるんですね。
でもそのベッドに寝ていたのは当のジェイドだったのです、というオチ。ひえー。
「よくぞ裏切り者を始末してくれた、よくやったな、ルーク」と声を弾ませる陛下の意図がルークは理解できません。なんでこんな、だってジェイドと陛下はともだちだったんじゃないの?必死に視線で問い掛けるルークに陛下は答えます。「いいやあいつは確かに裏切り者だよ。俺を裏切ったんだ、そして俺の欲しかったものを奪っていった―――お前だよ、ルーク。俺はお前がほしくてたまらなかった、それなのにあいつはお前を手に入れてしまった。これって立派な裏切りじゃないか?」
瞠目するルークに陛下は更に追い討ちをかけます。
「でもこいつも不幸な男だなあ。お前に愛されなければ、こんなふうに死ぬこともなかったのに、な」
そして泣き崩れるルークを満足そうに見つめるんですよ。これでお前は俺のものだなルーク。
へ、陛下怖・・・ッ!!
ジェイド殺害シーンを小説にするとこんな感じ。↓
----------------------------------------------------------------

 優しげに、愛らしい動物を愛でるときと同じ声で囁く。耳元で、「ルーク、」微笑みながら「さぁどうする?お前の英雄は死んでしまった」ゆっくりと毒を流し込んでゆく、吐息と共に。ルークを抱え込むようにしているピオニーには肌一枚を通して直に心臓の鼓動が伝わってくる。張り裂けそうに激しく脈打つそれ!残念なのはそれがおれのためではないということ。

すぐ傍にあるやわらかな頬に唇を寄せる。幾筋も流れ落ちるエメラルドから零れ落ちた涙を嘗め、絡めた腕に力を込める。ピオニーの手はしっかりと子どもの手を掴み、その幼い手は鋭い剣の柄を握っている。

「目を逸らすなよ、ルーク。よく覚えておけ」目の前の情景とまったく似合わぬたのしげな様子でピオニーは囁く。

「自分が殺した愛しい男の顔を、その無残な死に顔をな」

あ、あ、とルークのからだが小刻みに震え、声にならない掠れた悲鳴をあげる。あとずさろうとするその足元を赤い液体が滑らせた。ルークは自由にならないからだを必死に動かそうとするが、ピオニーはそれを赦さない。「よく見るんだ、」残酷な声がルークの手を強く握り、ずぶり、といっそう手を進ませる。屋敷を出てから、幾度となく傍にあったあの、忌まわしい音だ。

ひとの、肉を切る、音。

これが現実だルーク、そしてお前の世界の終わりだ。でも心配することはない、お前にはあたらしい世界をやろう。俺とお前の世界だよ、安寧の世界の中でお前はまどろんでいるだけでいい。俺の傍で、ずっと。

その言葉を最後まで聞くことなくルークは意識を手放した。意識が消える瞬間、頭を過ぎったのはもう動かない彼の声。


(ルーク、あなたを、)

 その続きが何だったのか、もう知る術はない。

END
----------------------------------------------------------------
・・・という感じですね。んで「エンド・オブ・ザ・ワールド」の冒頭に繋がります。
ジェイドはグランコクマの軍本部に、ルークは一足先にキムラスカに戻った、もしくは所用があるのでジェイドと共にもうすこし留まってもらうことになった、と云って他のパーティは追っ払われてます。ほんとは城に監禁されてるんですけどねルーク。血に塗れた服とか抱きしめて泣いてるよ・・・。
何が酷いって、ルーク自身の手でやらせたところですよね。
もう茫然自失ですよ、そこにつけこむわけだな〜陛下は。最低だな〜。

まぁ実際何がいちばん酷いかというと、こんな話を考える私自身な訳ですが。
(笑顔の狂気攻めとか大好物です・・・よ・・・!)
ともあれこんな話にお付き合いくださった方、もしいらっしゃいましたら有難うございました!