解炉の


 目ぐらい閉じたらどうだ、とアッシュはぶっきらぼうに云った。うん、とかいや、とか俺はもごもご口の中で呟いて、結局はぜんぶ飲み込んでしまった。何にも喋りたくなかった。喋ったら、アッシュがやさしく触れた感触が何処かに行ってしまいそうだったから。アッシュの胸に縋りつくと、俺を抱き締める手がいっそう強くなった。どうかしたのか、と耳元で呟かれる声に甘さが混じっているのがとても嬉しかった。(どこにもいかないで、)と心の中で呟く。ずっとこのまま、アッシュの腕の中でアッシュに包まれていたかった。触れ合った部分から融けあって、ひとつになりたかった。

 ねぇアッシュ。
 なんだ。
 このままずっと抱き締めあってたら、ひとつになれるかな。
 ・・・さあな。

 なれたらいいのに。輪郭もわからなくなるほどどろどろに融けあって、今度こそひとつになれる。鏡越しの存在じゃなくて、もっと生々しく体温が伝わるような。アッシュの手が頬を撫ぜる。あたたかい。重ね合わせると、アッシュの方が少しばかりおおきい手のひら。(手のひらは大きいほうがいい。そのほうがより多くのものをつかめるような気がするから)
 顔をあげると、間近にアッシュの顔がある。額がこつんと当てられ、アッシュの髪がはらりと落ちて、俺の顔に触れた。くすぐったい。笑うと、アッシュも笑った気配がした。お互いの顔がちゃんと見えないくらいに近くで、内緒話をするように囁きあった。すき、すきだ、すき、すきだ。だいすき。あいしてる。吐息がお互いの顔にかかる。額を離しても、まだアッシュの額とくっついてるみたいな感覚が残っていた。アッシュのエメラルドの瞳の中に俺の姿が映り込んでいる。まるでアッシュのなかに俺がいるみたいでちょっと嬉しい。くすくす笑うと、唇の端を舐められた。びっくりして瞬きすると、あまいにおいがする、とアッシュが囁いた。

 さっきはそんなこと云わなかったじゃん。
 云わなかっただけだ。
 そうなの?
 おまえはいつもあまいにおいがする。
 さっき食べたお菓子じゃないの?
 砂糖でできてるみたいだな。
 なにが?
 おまえが。
 俺が?

 再び唇が落ちてくる。今度こそ目を閉じるかと思ったがな、とアッシュは不満そうに云い、俺は笑った。目を閉じるなんてそんなことできないんだ。幸せの瞬間に目を閉じても、そのあと目を開けたら何もなかったらどうしよう。それが俺はとても怖い。

 アッシュ、何処にもいくなよ。
 ・・・何処に行くってんだ。
 わかんないけど、俺が追いつけないようなところに。

 行くもんかよ、と吐き捨てるようにアッシュ。ほんとに?ほんとだ。絶対?ああ絶対だ。約束してくれる? 小指を差し出すと、一瞬眉をひそめたけれど、結局はアッシュも小指を出してくれた。・・・ああ、約束してやる。その代わり、おまえも何処にも行くな。行かないよ。どうだかな。行かないったら。そう願ってるさ。指きりげんまん。終わったあとも小指は絡めたままだった。視線が合う。綺麗なエメラルドの瞳がゆっくりと近付いてくる。今度はちゃんと目を閉じた。
 アッシュが約束を破らないことを俺は知っているから。






ED後のような微妙な話。私的にはものすご甘くて、読み返すといたたまれない気持ちに・・・(アイタタタ)。
最初考えていたのとまるっきり違います・・・何処いったんだあれ。
2005.02.26