甘党のピテカントロプス<食事篇>



 僕は新種の動物を飼っている。飼っている、というのはすこし違うかもしれないが、大体そんなようなものだ。彼は未知の生命体で、おまけに気位が高く、滅多にひとに懐かないのだ。そんな彼が何故か僕のことだけは気に入ってしまったらしく、そのため僕が彼の面倒を見ることになったのだ。松田さんなんかは「きっと月くんが美人だから気に入ったんだよ」なんてにこにこしながら云っていたけれど、この生物にはそんな美醜の観念などは無いように思われる。彼にとって、ものの区別は動くか動かないか、甘いか甘くないか。それぐらいなものじゃないだろうか。実際彼はそれ以外のものには大して興味を覚えないようだ。この分じゃ、彼が僕を気に入った理由だって『初めて見た高等生命体だから』とかそのへんだろうと僕は推察している。それまで彼は未開の地にいて二足歩行の“人間”なんて見たこともなかったんだから。結局のところ彼が僕に懐くのはインプリンティングに近いんだろう。それか初めて見たものにただ単に執着しているだけか。異種間交流にどうやら夢を抱いている松田さんには悪いが、そんなものだろう。松田さんの好きな宮崎アニメみたいにはいかないのが現実だ。

 まぁそんなこんなな訳で僕は、この甘党のピテカントロプスを手許に置いている。隙あらば脱走しようとするので手錠で繋いでいるのだが、そうすると鬱陶しいくらいに僕に擦り寄ってくるのがまた困りものだ。研究者たちの再三の努力にも関わらず、何故だか甘いもの以外を摂取しようとしない彼はいつも甘い匂いをぷんぷんとさせていて、甘いものが得意ではない僕には結構つらいものがある。それにしてもどうして彼は甘味以外を自ら摂取しようとしないのだろうか。それは目下研究中らしいが、おそらく消化器官の問題ではなく彼自身の嗜好の問題なのだろう。消化器官がそのように発達しているのならば、彼の体躯はもっと肉付きもよく健康的だろうし、以前僕が食事(コーンスープ、デミグラスハンバーグ、つけ合わせのポテト・人参のグラッセ・ほうれん草、野菜サラダ(トマト・レタス・玉葱・ゆで卵・フレンチドレッシング)、ライス、烏龍茶)を摂っているときに、物欲しそうに僕を見上げてくるのでスプーンで与えてやるとぺろりと平らげたからだ。ただ、どうしてか彼はそういったマトモな食事を僕の手以外からは一切受け付けようとしない(一度、松田さんで試してみたのだが結果は散々だった。そして勿論彼が自分の手でそれらを食べるということも有り得ない)。
 そのことを報告すると、研究室と委員会の話し合いの結果、毎食毎食きちんとした食事をさせるとストレス値がぐんと上がるということで、毎日一食だけきちんと食べさせ、それ以外は好きなようにさせてやるべし、ということになった。だが一日に一食、それだって僕がいちいち食べてみせないと食べようとしないため、食事を彼と一口ずつ交互に口に運ばなくてはならない。まるで親鳥にでもなった気分だ。この方法は時間と手間のかかる上に、とても疲れるのでいい加減ひとりで食べるようになってもらいたいものだが、なかなかうまくいかない(ああ、でも先日トマトスープをひとりで飲ますことに成功した。やっぱり一口食べるごとに僕にもスープを飲ませてきたが)。
 ただあまり一時に量を摂取させると嘔吐してしまうので、1.5人前程度の盛り付けのものを僕と分け合って食べている。それにしても委員会は僕に虫歯があったらどうする気だったのだろうか。異種間である僕と彼の間で感染が起こるかは判らないが、虫歯菌でも移ったら大変なことになるだろうに。


 ・・・ああ、また彼が僕を呼んでいるようだ。どうやらお菓子の瓶の蓋が開けられず癇癪を起こしているらしい。まったく世話の焼ける生物だと思わずにはいられない。



2005.04.04