年の差なんて


「月くん、私と結婚してください。ぜったいしあわせにします。ちかいます」
 そう云って手を握ると、月は困ったように笑うのだった。
 だからね竜崎、と彼はやさしく名前を呼ぶ。
「僕はもうお前の兄さんと結婚してるから、お前とは結婚できないんだよ」
「・・・そんなの、かんけいありません。すこしばかり兄さんが先に出会っただけです。兄さんの方がちょっとばかし先に生まれただけです。もし兄さんより先に月くんが私に会っていたら、月くんはきっと兄さんでなく私を選んでくれた」
「それは判らないけれど・・・」
 月の両手を握り締めたまま竜崎は彼の手に目を落とした。月の左手の薬指には指輪が嵌められている。彼の兄から贈られたものだ。
「ずるいです」
「え?」
「私だって好きであとに生まれたんじゃありません。もっと早くに生まれたかったです。そうしたら月くんともっともっとたくさんいっしょにいられました」
「竜崎・・・」
 ぼそぼそと俯いたまま呟く竜崎の髪を月はすっと梳いてやった。竜崎が顔をあげると、月のうつくしい微笑がそこにあった。
「ごめんよ竜崎。もしね、僕がお前の兄さんより先にお前に会っていたら、お前と結婚できたかもしれないけれど、僕はもう結婚していて、お前の兄さんのパートナーとしてここにいるんだ」
「・・・りこん、してくれませんか?」
 竜崎がそう云うと、月は面食らったように瞠目したのちに苦笑してみせた。
「・・・まったく、一体何処でそんな言葉を覚えてくるんだ?」
「学校で教わりました。りこんしたら、私とだって結婚できるんでしょう? ね、そうですよね、月くん」
 一体どんな教育をしてるんだ、と呆れ半分にひとりごちて月はちいさな求婚者の前に膝をついて目線を合わせてやった。
「あのな、お前はまだ小学生だろ? 何を・・・」
「あいに年れいなんかかんけいありません! 」
 むっとしたように唇をとがらせて云い放つ義理の弟に月はやれやれと吐息を零した。
「僕とお前は十も違うんだぞ? お前が大人になったときには、僕はもうおじさんだよ」
「そんなことありません。私が十八になったとき、月くんは二十八才です。だいじょうぶです。しんぱいしなくても私はずっと月くんひとすじです」
「・・・・・・はあ、」
 滔々と舌ったらずながらも熱弁を振るう竜崎に月は思わず頷いてしまった。それを見た竜崎がぱあっと顔を明るくする。
「ほんとですか!私と結婚してくれますね月くん!」
 うれしいです!と声を高くする様子にあわてて月は首を横に振った。
「や、今のは別にそういうわけじゃ・・・」
「・・・じゃあなんなんです?」
「う・・・いや、別に・・・つい気圧されて・・・・・・」
 ごめんね、と彼の頭を撫でると、きゅっと竜崎は唇を噛み締めた。
「・・・月くんは私のこと、きらい、ですか?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、すきですか?」
「うん、まあ好きだね・・・でもそれは家族としての愛情だよ」
「・・・私は、れんあいかんじょうで月くんを愛してます」
「それには僕は応えられないよ」
 判るだろう?だって僕がその気持ちをあげられるのはたったひとりだもの。そう云って月が哀しげに目を伏せるので、竜崎は涙が零れそうになるのをぎゅっと我慢した。だってここで泣いたら月はもっと哀しむだろうから。
 でも竜崎だって本気なのだ。本気で、月のことを愛している。だからプロポーズしているのだ。もちろん月が兄をこころから愛していることは重々承知だった。それでも、それでも月を好きでたまらないのだ。
「・・・兄さんなんていなかったらよかったです。そしたら月くんは・・・」
「―――竜崎!」
 ぼそぼそと呟いた声に月のするどい声が切り込む。竜崎ははっとして口をつぐむが、目の前の月はひどく傷ついた表情を浮かべていた。自分が、この月を哀しませてしまったのだ。そのことは竜崎を苦しくさせた。
「・・・竜崎、お願いだからそんな哀しいことは云わないでくれ」
 伏せられた瞳や哀しみが滲んだ声、握り締められた指先。そのすべてが竜崎のこころをちくちくと苛んだ。ああ、傷つけてしまった。こんなにやさしく、うつくしいひとを哀しませてしまったのだ。竜崎は自分の迂闊さを呪った。
「ぁ・・・ご、めんなさい月くん・・・・・・あの、私・・・」
「・・・ううん、僕こそごめん。竜崎にそんなふうに思わせてしまってるのも僕なんだよね。ごめんね」
「そんな! 月くんはどこもわるくなんてないです!」
 ごめんなさいごめんなさい月くんをかなしませるつもりなんてなかったんです、と月のシャツに顔を埋める竜崎を月はそっと抱き締めてやるのだった。
「・・・ごめんね、」
「らっ、らいとくんはわるくなんてありません・・・あやまらないでください」
「・・・うん、有難う竜崎。ほらもう泣かないで、一緒におやつにしよう。今日はプディングを焼いたんだ。ねっ、一緒に食べよう。紅茶も竜崎の好きなミルクティーを淹れてあげるから」
「・・・・・・とうみつ、いっぱいいれてくださいね」
「うん」
 ぐすぐすと鼻をすする竜崎の顔をハンケチで拭いてやりながら月は微笑んだ。
「いいこだね、竜崎」
「・・・・・・」
 子どもあつかいしないでください、と竜崎は云おうと思ったが月があんまりにもやさしく笑っていたのでそれは云わないでおくことにした。
 その代わり月と手を繋いで台所に向かいながら、
「月くん、ぜったいに結婚してくださいね」
「どうかなあ」
「兄さんにあきたら云ってください。いつでもまってますから」
「それはないと思うけどね」
「いいんです。いつまでだってまちます」
「・・・諦めないね竜崎は」
「とりあえず私が十八になったらもういちどかんがえてくださいね」
「うん、わかった」
「月くんだいすきです。あいしてます」
「僕も竜崎のこと大好きだよ」
「うれしいです。両おもいですね私たち」
「・・・ちょっとベクトルが違うとは思うけどね。竜崎、今度は何食べたい?」
「月くんがつくるものならなんでもすきです。でもアップルパイがいいです」
「ははっ、お前の兄さんもおんなじこと云ってたよ。やっぱり兄弟だね」
「・・・・・・やっぱりチェリーパイにします」
「うん、今度つくってあげるよ」

 プディングをぱくつく竜崎を見ながら、微笑う月はとてもしあわせそうで、竜崎はそんな月をみて、(ぜったい結婚してみせます・・・まっててくださいね月くん・・・・・・)と誓いを新たにするのだった。




2005.05.05
(実は時代設定が明治大正あたりなんです、と云っても怒られないでしょうか・・・)
(特に意味があるわけでもないのですが・・・単なる趣味です)