Please Don’t Cry, Because I Love You Forever.




 お姉さまの髪はきれい。


 ほんとはお姉さま全部がきれいなんだけれど、特に髪はほんとうにきれいで大好き。
 指でかるく梳くと、さらさらと引っ掛かることなく指の間をすり抜けてゆく髪はまるで絹糸のようで、私はいつもうっとりしてしまう。
 お姉さまといっしょにいるとき、私はたいていお姉さまの髪を触らせてもらっている。
 そんなときいつもお姉さまはそれを苦笑しながら見ていた。
―――僕の髪なんかいじっていて、そんなにたのしい?
 その言葉に私はいつも吃驚する。お姉さまは自分の魅力を判ってないのじゃないかと思う。だってこんなにさらさらで、綺麗なのに。
 お姉さまの髪の毛は長くて、腰に届きそうなほどだ。私の染めてある金髪と違って、お姉さまの髪は日本人にしては色素が薄く、ブラウンに近い。一度染めてるのかと聞いたことがあったけど、生まれつきなんだ、と云われた。
―――家族はみんな黒なんだけどね、隔世遺伝なのかもしれない。祖父も色素が薄かったらしいから。
 ちょっと笑いながら云うお姉さまの髪はひかりに当たって、時折金色に見えた。
 そういえば、お姉さまの家族はみんな綺麗な黒髪だった。私がお姉さまと、ライトと初めて会ったとき、私はお姉さまの家へ訪ねていったのだった。そのとき会ったお姉さまのお母さまと弟くん(確か名前は、粧裕くんだったかな)はまさしく日本人といったような黒髪だった。お父さまはまだ会ったことはないけれど、やっぱりそんな純日本人的な黒髪なのだろう。
 初めてお姉さまの家を訪れたときにも思ったけれど、お姉さまはあの家族の中からちょっと浮いていた。お姉さまの容姿や雰囲気はやっぱりどこか他人とは違うのがよく感じられて、血の繋がった家族の中ですら、違って見えた。それは感覚的なもので、言葉にするのはとても難しいけれど。
 お姉さまは多分すこしだけかもしれないけれど、そのことを気にしているのかもしれないと思う。家族と違う、ということを告げるときお姉さまは笑っていたけれども、その瞳がちょっと翳ったのに私は気付いていた。
―――でも、お姉さまの髪はほんとうにきれいだから、ミサはお姉さまの髪の方が好き。
 私がそういうと、お姉さまはくすぐったそうにそのきれいな瞳を細め、すこし照れたように「ありがとう、ミサ」と云ってくれた。別にお世辞を云っているわけじゃないからお礼を云われるまでもないんだけれど(だって本心だし)、それでもお姉さまに名前を呼ばれて「ありがとう」と云われるのはとてもすてきなことだと思う。お姉さまはとっっってもきれいだから色々云われてると思うのに、私の言葉にはいつもくすぐったそうにしている。どうしてか訊くと「ミサみたいに何の衒いもなく、ひとの容姿を褒められるひとって実はそんなに多くないから」と笑って教えてくれた。要するにみんな思いっきり日本人気質で、目の前にいるうつくしいひとを「なんてうつくしいの!」と云えないってことなんだと思う。(私はどっちかっていうと欧米気質なのかも。だってきれいなものをきれいって云うのになんで照れなくちゃいけないの?)
 さらさらとお姉さまの髪を指先で弄んでいるとお姉さまがぽつりと云った。
―――家族がね、切るなと云うんだ。そこまで伸ばしたのに勿体無い、って。長い髪の方が好きみたい。自分が伸ばせばいいのに、って思うんだけれど、母さんはあの髪型が気に入ってるみたいだし、弟は男の子だからね。校則もあるし。だから結局僕にお鉢が廻ってくるみたいで。
 肩を竦めてみせるお姉さまはそれでも嫌そうな顔はしていなかった。お姉さまは自分の家族を愛している。その家族がお姉さまをちいさく苛み、傷つけたとしてもお姉さまは愛し続けるのだろう。
 でも大丈夫よお姉さま。お姉さまを傷つけるものなんかみんなミサが赦さないから。
 きれいなお姉さまにはずっときれいなままでいてほしい。それってすごく単純だけどとても大事なことだと思う。お姉さまに「ああ、ミサがいてくれてよかったなあ」と云ってもらうために私はここにいるんだもの。
 髪切っちゃおうかなあ、と呟くお姉さまに私はにっこりと微笑んだ。
 切るんだったらミサに一束ちょうだいね、と云いながら私はまたお姉さまの髪をさらりと梳いた。




2004.12.23