キャンディはたすけてくれない


 そうだな君はどんな音楽が好きなんだろうかわたしはクラシックがとても好きだあの壮大な流れに身を任せているととても穏やかな気持ちになれるよそう思わないかい?
 滔々と、何処か恍惚とした瞳で語るシュミットの手が頬に触れ、顎のラインをなぞり唇に触れるのにも、烈は何も云わず、ただぎゅっと目を瞑っていた。叫び声は喉の奥で凍りつき、唇から零れるのはかすかな喘ぎだけだった。シュミットが熱に浮かされたような声音でささやく。
 どうしたんだいレツそんなふうにきつく目を閉じていると目を傷めてしまう。やさしげに甘く、そっと目蓋に触れる指先に烈は背筋が凍りつくような感覚をおぼえる。いや、いや、やめて、いやだ、こわい。全身が総毛立ち、ぶるりと震える。かすかな笑い声。大丈夫だよレツこわいことなんてなにもないんだそう恐れる必要なんてない、さぁわたしを信じてちからをぬいてごらん。
 やさしい吐息、あまい囁きが烈の耳朶から滑り込み、体内を侵してゆく。真綿に水が吸い込まれてゆくようにじんわりと、浸透してゆく、熱、指先が、てのひらが、唇が。熱を帯びたからだに触れ、触れ合ったところから溶け合ってゆくような、そんな気持ちになる。
 こわいことなんてないんだ心配しないでさぁいいこだレツ。頑是無い子どもをあやすように、シュミットがささやく。そう、怖いことなんてなにもない。肌の上を指先が滑り、しゅるりと衣擦れの音が静寂の満ちた部屋に響く。クラシックを流していたミュージックプレイヤーはいつのまにか止まり、軋んだ機械音がときどき床を這うように聞える。
 ああ壊れてしまったかな。おそろしく淡白な声でシュミットが云い、烈の頬に口吻ける。頬を濡らす涙を舐め、目じりにも唇を這わせた。烈は瞳を開かない。かすかに唇をわななかせるほかは、身動きひとつせずに広いベッドに横たわっている。まるで毒の林檎を詰まらせたスノウ・ホワイトみたいに。ただひとつ違うのは、原因が林檎ではなくキャンディだったこと。
 喉ではなくちいさな掌に握られたキャンディ。すれ違いざま、悪戯っぽい笑みと共に烈に渡されたちいさなキャンディドロップス。特別ですよ、と唇の前に人差し指を立てて彼は微笑んだ。あなただけにこっそり。誰にも気付かれないように笑みを交わして、恋をしていた。誰にも壊されないように。ほんとうに、そっとささやかに。
 烈は指先をつよく握る。冷えた掌の内側で、キャンディが歪む。カラフルな包み紙の中、どろりと溶け出してゆく。シュミットが嘆息して、わらう。ああきみはかわいいなほんとうにきみを愛しているよレツわたしの、わたしだけのいとしいひと。唇が目蓋に、頬に触れる。いとおしげに、やわらかな花弁に唇を寄せるように。
 きみはわたしのものだ。喉の奥から押し殺したような笑い声。わたしだけのものだ、他の誰にも渡しはしないよ。指先からじわりと染みこんでくる毒に似た愛は烈を眠りにつかせる。オーロラは茨のなか眠りについたけれど、烈は孤独の海に沈む。息ができないほどの冷たい水のなかへと。
 囁き声が烈を絡めとる。身動きがとれなくなるほどに。壊れたプレイヤーきみはわたしのものだ冷たい水の底あなただけ特別ですよ甘いキャンディ触れ合う指先ひそやかに交わされる笑みと指きりまた明日ささやかな約束壊されないように、きみを、渡すものか。
 空回りするプレイヤーが空虚な音を立て、溺れてゆく。水の底にはひかりも届かない。声も、届かない。(あなただけにとくべつです)声が、微笑みが脳裏で瞬いては消えてゆく。
 握りしめたキャンディはたすけてくれない。





エー烈←シュミットでした。
さすらいさんとのメッセで、なにかネタをよこせと云うので
「シュミット」「独占欲・キャンディ・壊れたミュージックプレイヤー」というお題で、ばーっと書いたもの。
こういうシチュエーションがわたしはものすごく好きらしく、前にもいくつか書いてたり・・・ワンパターンだなあ・・・orz
2006.12.21