祈ることしかできない
だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、だから、ねぇ泣かないでください、烈さん。 とてもちいさな子どもみたいにぼろぼろとその紅くきれいな瞳から涙を零して、ぼくの手を握る烈さんに、ぼくはどうしたらいいのかわからなくなる。困惑する。 ねぇほんとうに大丈夫だから、心配しなくても大丈夫ですよ。 祈るような気持ちでそう語りかけるけれど、烈さんは蒼白な表情のまま、首を振った。だめ、だめ。しゃくりあげる、おぼつかない口調のまま烈さんはぼくの手を握ったまま離さない。ねぇ烈さん、ぼくはいいから、大丈夫だから、手を離してくれないと烈さんまでよごれてしまう。もう既にじんわりと赤黒く染まった白いハンカチに泣きたい気分になる。(そんなふうにきれいなものをけがすけんりなんてぼくにはなくてそれなのによごれてしまうとてもかなしいきもちになるほんとうにもうぼくはそんなこと、) Jくんは考えすぎなんだ、と烈さんは云った。ぼくは黙っている。Jくんはそんなこと考えなくてただ痛いとかしまったとかそういうことを思っていいんだ、思わなきゃいけないんだ。烈さんはそう云って悲しみに満ちた瞳でぎゅっとぼくを見上げた。紅く染まった目じりを、頬を、涙が滑り落ちてゆくのをぼくは歯がゆく見つめている。握られた右手が熱い。どくどくと血を流す傷口よりも、あなたが触れたところが熱いんです烈さん。ぼくは再び下を向いて、ぼくの指先にハンカチを当てる烈さんのつむじに向かってこころのなかでつぶやいた。 ああ、血がとまらない、と苦しげに烈さんがため息を吐く。ぼくは、どうしてそんなに烈さんがかなしそうにするのかが理解できない。そんな大した傷でもないのにどうしてそんなに。 泣かないでください、とぼくは再び云い募る。ねぇ、ぼくのためにそんなのいいんです。あなたが泣くことなんてないのにどうしてそんなに。烈さんは濡れた瞳でぼくを見据え、すこし怒ったように云う。 だってJくんが泣かないから。だからぼくが泣くんだ。 それだけ呟くと、烈さんはまたハンカチに血を滲ませる僕の手に視線を戻した。ああ、どうしてそんな。ぼくはなすすべもなく立ち尽くし、ただ烈さんの真白いセーターが(よりにもよってぼくの血で)よごれてしまわないといいと祈ることしかできない。 |
怪我をしたJくんを心配する兄貴と、兄貴が自分の血でよごれることを気にするJくんとの齟齬。
原作Jくんは特に悔悟のひとというイメージが強いです。
2006.12.02の日記より