真夏の太陽のした、いつもよりひとり足りないキャッチボールはやっぱりすこし物足りなかった。足を上げ、おおきく振りかぶってボールを投げる。パシン、と小気味いい音がして、リョウくんが「ナイスボール!」と声をあげた。
 蝉時雨がわんわんと響き、首筋を汗が滴り落ちる。行くぞ烈!とリョウくんが腕を振り、僕のグラブにボールがバシンと飛び込んでくる。体格のいいリョウくんは軽々と投げている感じなのに、僕の送球よりも全然力強い。僕も負けじと渾身の力をこめたつもりのボールだけれど、どうしても弱々しくなってしまう。自分の手のひらを睨んで眉根を寄せる僕にリョウくんは笑った。
「だけど随分速くなったじゃないか」
「・・・甘やかさないでいいよ。自分でもわかってるんだから・・・あーあこんなんだから豪の奴にも馬鹿にされるんだよなあ」
 自分の華奢な肩がうらめしい。子どものときよりも確実に背は伸びているのに、元々の骨格のせいでどうもがっちりしているとは云いがたいからだは、かなりのコンプレックスだった。そこをへらへらと笑いながらついてくる青い髪が思い出されて、唇を噛み締めた。あいつ、ちょっとばかし自分の方が体格がいいからって調子に乗りやがって!
「そんなことないさ。実際速くなってるんだからもっと自信を持て。自分を過小評価するのはお前の悪い癖だぞ、烈」
「・・・・・・・・・・・・次郎丸くんがあんないいこに育ったわけが今わかった気がする」
 僕の言葉に、褒めて伸ばすタイプのリョウくんは大事な弟への賛辞に僅かに照れたような表情を浮かべながらも、なんだ急に、と苦笑する。リョウくんの無駄のない筋肉がしなり、きれいなフォームで僕のグラブにまっすぐボールが飛び込んでくる。
「だって豪のやつってばさ、もう全然ガキだし落ち着きないし。昨日だってさ、僕が窓から乗り出して星見てただけだったのに、『兄貴死なないでくれッ!!』とか云って、必死な顔してタックルしてくるんだよ? 信じられない」
「・・・それはまたすごいな」
「いくら何でも豪にとっといた玉子焼き勝手に食べられたくらいで自殺なんてしないっての!」
 ほんっとあいつ馬鹿だよね、と僕が唇をとがらせてもリョウくんは大人の反応だ。
「それだけ烈が大事なんだろ」
 ぽかんとする僕は思わずボールを受け損なって、後ろに転がしてしまった。あわてて拾って、
「変なこと云わないでよ!」と投げ返すと、リョウくんは「豪も報われないな」と苦笑した。もう何のことだか!
 日差しは依然としてじりじりと肌を焼くけれど、もう少し日が落ちれば、すこしは風も吹くだろう。蝉の音は喧しく、遠くからかすかに市営プールのアナウンスが聞こえた。僕は制服の肩口で顔の汗を拭い、またおおきく振りかぶった。
「それにしても、さぁっ!」
「オーライオーライ。・・・ん、豪のことか?」
「そう! ほんとに付き合う気なのかなー」
 告白されちゃったぜへへーんいやいやもてる男はつらいねぇとか何とか云いながら、にやにやしていた馬鹿面はいま思い出しても腹が立つ。あーうざったいったらありゃしない。
「どうだろうなあ」
 ボールをキャッチしてから、リョウくんは首と腕をぐいぐいと回してからだを解した。
「それにしても二人じゃキャッチボールしかできないな。明日、豪のやつ引っ張ってきてみるか?」
「・・・彼女に悪いよ」
「烈が寂しがってるって云えば、豪は絶対来るだろ」
「別に寂しくないし」
 心底不機嫌そうに腰に手を当てて云うと、あれ、とリョウくんは目を瞬かせた。
「豪、烈にふられたから彼女つくったんじゃないのか?」
「はああっ!!? 何それ!」
「なんだ違うのか、いやおれはてっきり・・・そうか・・・ふーん」
「・・・・・・・・・なんなのその微妙な反応は」
 云ってもリョウくんはそ知らぬ顔で「ほら行くぞ!」とボールを掲げた。
「―――そういうリョウくんは彼女つくらないわけ?」
 ちょっとした意趣返しのつもりで、すこしの意地悪を込めてそう訊いたのに、大打撃満塁ホームランを打たれてしまったのは僕の方だった。

「おれが彼女つくったら、烈がひとりになっちゃうだろ」

 グラブを嵌めた手を腰に当てて、不適に微笑む姿に不覚にも ぐらり、と来てしまった。


          *     *     *


「―――烈くんはリョウくんと付き合うかと思ってた。リョウくんは大人でやさしいし、話も合うって云ってたでしょ?」とJくんはお土産のプリンを口に運びながら云った。
「いやっそれは普通に友だちとしての話だって・・・」
 そもそもそんなこと考えたこともないし、と僕が眉間にしわを寄せてもJくんは微笑みを崩さなかった。やっぱりここのプリンは美味しいね、と嬉しそうに云う姿に怒気をそがれて苦笑した。
「Jくんってこのお店のプリン好きだよね。そんなに気に入った?」
 そういえば昔初めてJくんの誕生日にあげたのもこのプリンだったな、と僕はぼんやり思い出した。それまでは聞いたこともなかったけど、実はプリンが好物だったりするんだろうか。
 そう思って訊いてみると、
「う〜ん、特にすごくプリンが好きっていうわけじゃないけど、ここのは・・・ちょっと特別、かな」
 とJくんは僕を見てやさしく笑った。何だかよくわからなかったけれど、とりあえず、ふーん、と頷いておいた。Jくんは結構秘密主義というか、不思議なところが多い。
 その後は、だらだらと世間話をしながらプリンを食べ、Jくんの淹れてくれたお茶を飲んだ。
 ご馳走様、と二人で手を合わせた頃にはだいぶ日も落ちて、薄暗くなってきていたので、僕はJくんに暇を告げ、研究所を後にすることにした。
 Jくんはわざわざ門扉のところまで僕を送りに出て来てくれた。
「今日はごめんね。突然お邪魔しちゃって」
「ううん、烈くんならいつでも大歓迎。プリンも美味しかったし」
 別にお土産はなくてもいいからまた来てね、悪戯っぽく笑いながら云うJくんに僕も笑った。
「あはは、ありがとうJくん。残りのプリンは博士と食べてね」
「うん、きっと博士も喜ぶよ。みんなとも随分会ってないものね。烈くんが来たのを知ったら、出張から帰ってきて残念がるだろうな」
「また来るよ」
 鞄を自転車のかごに入れて、サドルに跨りながら片手を挙げると、うん、とJくんが微笑んだ。
「じゃあね、Jくん」
「うん、気をつけてね」
 手を振るJくんに、笑って手を振りかえし、僕は家に向けて、自転車のペダルを踏み込んだ。
 帰り道、通り抜けた商店街の店の一角にリョウくんらしき人影を見つけて、思わず心臓がどきりと跳ねた。店の前を通ったのは一瞬だったのに、リョウくんは目敏く僕に気付き、そしてとてもやさしく微笑んだ。それを見た途端に僕はとてもうろたえてしまい、転ばなかったのが奇跡だと自分でも感心した。
 そしてこれが夕方でよかった、と心底思った。だって、日が高かったら、僕の頬の赤さはどうしたって誤魔化しきれなかっただろうから。
「何やってるんだろ僕・・・・・・」
 ちいさく吐息と共に呟いた言葉はあっという間に風に切れ切れになった。家に着くまでにこの顔と鼓動をなんとかしなければ、と自転車を漕ぐスピードをすこし弱めた。




リョウくんにこんなこと云われてときめかない乙女がいるとは思えません・・・あんちゃんかっこいー!
すっごくはまり役だと思います。あとJくんが和子さんっていうのも・・・(笑)
それにしても豪が千昭かつ美雪という混乱する設定で済みません・・・自殺騒動をどうしても入れたくて・・・あれ可愛いんだもの・・・!
こっそりJ→烈風味なのはわたしの趣味です。
2006.09.17