世の中ってのは実に理不尽に出来てるじゃないか。とオレは思わずにはいられない。被害妄想?いいやそんなことは決してないはずだ。
☆ 「1年9組」 ☆
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オレは1年9組で、嬉しいことに三橋も1年9組、だが残念なことに田島も1年9組で、忌々しいことに浜田も1年9組なのだ。あーむかつく。
別に浜田のことは、まぁ腹立つこともいっぱいあるけど、生理的にゆるせない、とかそういうんじゃないんだ。昔はリトルとかで一緒にやってたし、すげーやつだって思ってる。その“すげー”ってのは“すげーバカ”って意味も入ってるけど。そうだよ!浜田のやつがそんなすげーバカだったのが悪いんだよ!どんだけバカやったら留年なんてするんだよ。あいつはバカの王様に違いない。キング・オブ・ザ・バカ。浜田がこれほどバカじゃなかったら、オレはこんなにも苛々させられることもなかったんだ。・・・いや、別に留年するのは構わねーよ。でも、でもさ・・・なんでよりにもよってもういっかい1年繰り返すのがオレらのクラスなわけ? そこんとこがオレがいちばん気に喰わないとこ。
オレはぐったりとしながら机につっぷした。相変わらず早朝からの朝練はキツい。今にもまぶたとまぶたがくっつきそうだ。時計を見るともう授業開始のチャイムが鳴る時間だ。ちらりと三橋の机を見るけど、そこには三橋の姿はない。大丈夫かとちょっと心配になる。朝練のあと、購買にルーズリーフを買いに行くと云った三橋に、オレも一緒に行こうかと聞いたけれど激しく遠慮されてしまった。「ひとりでも大丈夫 だよっ」と恥ずかしそう(おまけに頬染めというオプション付き)に云われてしまったら引き下がるっきゃないわけだ。あーでもこんなに心配するくらいなら無理にでも付いてきゃよかったな、と後悔。三橋だってさーそんなに遠慮することないのにな。せっかく付き合ってるんだから(そう、オレと三橋はめでたくコイビト同士なのだ。ここまでこぎつけるには並々ならぬ苦労があったりするのだ。・・・主に花井に。某心の狭い捕手とか捕手とか捕手とかの不機嫌とうっぷんは主将に向けられる宿命(と書いてさだめと読む)らしい。ごめん花井。お前の尊い犠牲は忘れないよ・・・)、少しの間でも一緒にいたいって思うのはオレだけ?とちょっと虚しくなったりする。べつに三橋はそうゆうんじゃなく、一人だって平気!と初めてのおつかいをするお子様みたいな気持ちなんだろーけどさ。どうにもトモダチの少なかった三橋にはそうゆう、何ていうか人としての情緒?いや違うか、人間関係の何たるかというのが判ってない気がする。親切にして食べ物くれるやつがみんないいやつとは限らないんだぞ三橋! そんな調子でほいほいとひとに懐く(たとえそれが敵校のピッチャーであっても、だ!)三橋を見ていると不安で不安でたまらない。知り合ったばかりのやつでさえそうなんだから、昔からの知り合いとなるともう手がつけられない。
はあ、とため息を吐いたところで授業開始のチャイムが鳴り響いた。三橋、ほんとに大丈夫かな・・・?まさか校内で迷子になってやしないだろうけど、とオレがさすがに心配になってきたとき、
「――ほーらミハシ、間に合ったろ!」
「うっ うんっ! スゴイ ね、ハマちゃんっ」
バタバタバタと慌しい音を立てて、チャイムの音が終わると同時に三橋(・・・と何故か浜田)が教室に飛び込んできた。「間一髪滑り込みセーフ!」と息を切らせる浜田に教室がどっと沸く。田島がでかい声で「きゅーかい裏逆転サヨナラだ!」と笑いながら駆け寄って浜田とハイタッチをした。・・・何やってんだか。そう思ったのはオレだけではないらしく、「馬鹿たれ、アウトじゃ」と現れた先生に丸めた教科書で頭をはたかれていた。浜田め、ざまーみろだ。
「・・・ってー、ひっでーよセンセー! 今のでニューロンが2億は死んだぜ!?」
「にっにお・・・! ハマちゃん、大丈夫・・・!?」
「うぅミハシ、オレはもう駄目かもしれない・・・お前だけでも強く生きろよ」
「! ハっ ハマちゃんしっかり・・・!」
悪ノリする浜田とそれを真に受けて顔を青くする三橋に先生は呆れた顔をした。
「お前らその辺にしとけよ。浜田はふざけすぎ。三橋は本気にしない。二人とも鉄槌かますぞ」再び教科書を丸める先生にオレは思いっきり挙手した。
「先生! 殴るなら浜田だけにしといてください」
「なっ、てめぇイズミ! この裏切り者ぉ〜!」と浜田がほえるのは無視する。
右の人差し指をびしっと先生に突きつけて云い放つ。気分は法廷。異議ありっ!
「脳細胞が死んでこれ以上うちのエースが馬鹿になったらどうしてくれるんですか!」
「そーだそーだぁ!」とこれは田島。
オレの剣幕に先生は苦笑する。「おいおい泉、浜田はいいのか。友達だろ?」
違うぜ先生、そいつは友達なんかじゃなく目下オレの最大のライバルだ。と心の中で呟くも話がややこしくなるので黙っておく。代わりに口を吐くのはもうひとつの本音。
「オレには三橋の方がずっとずっと大事なんです!」
ぐっと右のこぶしを握り締め、きっぱりと迷いなく云い切ったオレに何故か教室中から拍手がおきる。いや別に普通のこと云ったつもりなんだけど。
ちらりと三橋を見遣ると、三橋は『感動!』と激太マジックで顔いっぱいに書いて、目をきらっきらさせてた(うーんいい感触だ)。
「どうもどうも」とオレは拍手喝采の中、笑顔で教室中に手を振った。また三橋と目が合う。にっとカッコよく(オレ的には)笑って手招き。三橋は通路側の奴らによる腕のアーチ(卒業式とかでやるやつ)を潜って、とてとてとオレの方に走ってくる。なんて素敵な我が9組。ノリが良すぎんだろ。
「いっ泉くん かっこよかった・・・!」相変わらず三橋の目はきらきらと輝いてる。
「トーゼン!」三橋の瞳の中に映り込む自分の姿を見て、今のオレは間違いなく輝いてると実感。こっそり三橋に耳打ち。「・・・惚れ直した?」答えは聞かずもがなだ。三橋は首が取れそうなほどぶんぶんと頷いて笑った。オレの耳元で囁くのを忘れずに。「―――泉君がイチバン かっこいい、よっ」
照れたように微笑む三橋の笑顔はとてつもなく可愛く、オレの機嫌はうなぎのぼり。命拾いしたな、浜田。これで三橋の手を握った件は不問にしてやろう。ふふんと鼻で笑いながらオレは教壇の横でくずおれている浜田を見遣った。
あまりにもひどい落ち込みようの浜田に先生が必死にフォローをしていた。
「・・・いっいやあ野球部は仲がいいなぁ。しっ仕方ないさ何たって一緒に甲子園?を目指す仲間なんだから。なっ。朝早くから練習して大変だよなあ」
「・・・・・・・・・オレも援団で朝練も昼練も放課後練も参加してるんですけど」
「うっ・・・」
先生の苦心むなしく、いっそうと浜田はどんよりしていた。ちょっと可哀想になったが、「昔はあんなにハマちゃんハマちゃん、ってオレのうしろばっかついてきてたのに・・・」と未練がましく呟く様子に即座にその考えを捨てた。三橋が自分を見捨ててオレの方に走っていったのがよっぽどショックだったらしい。ざまーみろ、だっ!
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そうしてオレを見上げてくる三橋ににっこりと微笑んだ。浜田よ、せいぜい落ち込めばいい。オレの知らない過去の三橋を知ってる罪は、重い。
(2005.03.22)