I'm waiting you in my dream.








 ―――泉くんが眠っている。

 職員室に日誌を出して、戻ってくると教室の机に頭と腕を投げ出して、泉くんはすっかりと眠り込んでしまっていた。廊下からばたばたと駆ける足音が聞こえてきて、あわてて、それでもなるべく音を立てないようにそっと扉を閉めた。おそるおそる泉くんを振り返るけれど、規則正しく上下する背中にほっとする。
 泉くんを起こさないようにそうっと足を忍ばせて、机に近付いた。
 机の横にしゃがみこんで顔を覗き込んでも、泉くんは穏やかな寝息を立てたまま目を覚まさなかった。
 ・・・こんなふうに泉くんの寝顔を見るのは初めてかもしれないな、と思う。教室や部室で昼寝をするときも、うちに泊まりに来るときも、いつだって先に寝ちゃうのはおれで、そして泉くんの方がいっつも先に起きるから。
 黒板の上に掲げられている時計をちらっと横目で見上げながら、はやく部活に行かなくちゃと思う。今日の練習は何をするんだっけ。まず柔軟をして、ランニングをして、それからパス練だったかな。
 はやく投げたいな、と思う。ミットにボールが沈み込む音がスキだ。阿部くんのキャッチはすごくいい音がする。昨日は天気が悪くてあまり投げられなかったから今日はその分までいっぱい投げたい。・・・ああ、そうだ。グラウンドの水掃きを最初にしなくちゃいけないかも。
 もうみんな着替えちゃったかな。おれはみんなより着替えるのが遅いんだから、はやくしなくちゃ。
 ―――だから泉くんはやく起きて、と思う。・・・でももっと寝ててほしいとも思うおれはおかしいんだろうか。でもどっちもおれのほんとうで、矛盾したお願いをこころのなかで繰り返した。はやく起きて、一緒に部活に行ってほしい。みんなが待っているし、おれもはやく練習をしたい。きっと泉くんもそうだ。だからおれは泉くんを起こさなきゃいけない。・・・・・・でも。でも起こしたくない。気持ち良さそうに寝ているのを起こすのはなんだか悪いし。それに、おれは泉くんの寝顔をもっと見ていたいと思った。

 窓から入り込んだ風でカーテンが舞い、泉くんの髪もふわりと持ち上がった。さらさらしてて、キレイな泉くんの髪。差し込んだ夕陽に照らされて、きらきらしている。いいな、と思う。おれの髪の毛はふわふわのくせっ毛でちっとも思い通りにならないから、泉くんのさらさらの黒い髪がうらやましかった。いつだったかそのことを云うと泉くんは「おれはおまえの髪の毛のがすきだけどなあ」と云って、おれの髪の毛をうれしそうに撫でてくれた。頭を撫でられるのなんて、オヤとかカントクとか年上のひとにしかされたことなかったからちょっとびっくりしたけれど、なんだかうれしかった。うれしいのとくすぐったいのとちょっとはずかしいので赤くなった顔色に気付かれなければいいと必死に顔を俯けていたのを思い出した。
 ああおれも触れたいなと思う。でも触ったら起きちゃうかな。それはやだな。
 そんなことを考えながら、じっと見つめていると、泉くんが、う、とちいさく呻いて身動ぎをした。おれはどきっとして息を詰めたけれど、また穏やかな寝息が聞こえてきてほっとした。
 泉くんの指先だけがなにかを掴もうとするようにわずかに動いていた。どんな夢を見ているんだろう。もしかして夢の中でも野球をしているのかもしれない。おれもしょっちゅう皆で野球をする夢をみるから。泉くんもそうだったらうれしいなと思った。泉くんの夢の中におれはいるだろうか。そうならいいのに。
 そろそろと顔を覗き込んでみるけれど、泉くんの寝息は一向に乱れなかった。
  
 気づいてほしい。でも気づいてほしくない。
 はやく部活に行かなくっちゃと思うけれど、おれはそれ以上動けなかった。
 (・・・泉くん、起き て)
 こころのなかでそっと呟く。唇を震わせるのがやっとで、泉くんは眠ったまま。泉くんの寝顔を見ていたらだんだんおれも眠くなってきてしまった。あ、だめだ。あわてて頭を振るけれど、一度やってきてしまった眠気はなかなか去ってくれない。
 (・・・・・・ちょっとだけ なら、いいよ ね)
 今日だけ、ほんのちょっとの間だけ・・・。グラウンドの方にごめんなさいとそっと謝って、おれも泉くんと同じように椅子を引き寄せ、同じ机の上に頭をのせて、目を閉じた。


                    *     *     *


「・・・んぁ?」
 目に差し込むような光に、おれはゆっくりと目を開けた。ごしごしと目を擦りながら、うぅーんと伸びをする。片目を眇めながら窓から空を見上げると、どうやら西日が移動して、ちょうど顔に陽射しが当たっていたらしい。暮れかけの燃え立つようなオレンジがきれいだった―――・・・暮れかけ?
「・・・ッいま何時・・・!!?」
 ガタンッと椅子を蹴倒しながら立ち上がり、教室の時計を見ると三十分以上はゆうに眠りこけていたことに気づいてサァーッと血の気がひいた。・・・やばい。大遅刻だ。モモカンの笑顔の鉄槌が容易に想像できてぶるっとした。
「あああーもう・・・やっべぇな・・・・・・」
 髪を掻き毟りながら、鞄を手に取ろうとしたところで、色素のうすいふわふわ頭に気付いて動きを止めた。
「三橋・・・?」
 すよすよと規則正しい寝息と、どこかうれしそうな寝顔に驚くより前に・・・呆れた。なんでお前まで寝てんだよ、おいおい。
 そういえば自分は三橋が職員室に日誌を出しに行くのを待ってたんじゃないか。そのうちにちょっと眠くなってきて、帰ってきたら三橋が起こすだろうと思って寝ることにしたっていうのに・・・
「・・・なんでお前まで寝てっかなあ・・・・・・」
 子どもみたいな寝顔に苦笑した。さっさと起こせばいいのに、うまくできなかったんだろうか。寝ている自分を前に戸惑う三橋の姿が容易に想像できて、頬をかいた。おれなら浜田あたりが寝てたらすぐにでも叩き起こすのになぁ。
 それにしたって自分まで寝こけることはないと思うけど。まあ三橋だしなあ、の一言で納得してしまえるのがなんだかおかしかった。
「・・・おら三橋、起きろー部活だぞー」
 やわらかな頬をつつくと、眉がぴくりと動いたものの、またすぐに穏やかな寝息が戻ってきてしまった。こいつも相当寝ぎたないよなあ、だなんて自分を棚に上げて思う。
 机の上に投げ出された指先がぴくりと動いて、なにかを求めるようにやわく握られた。こいつは夢の中でも野球をしてるんだろうか。三橋らしいな。すこし笑って、その手に自分の手を重ねた。あたたかな指先に、きっといい夢を見てるんだろうと思ってなんだかうれしかった。
「三橋起きろよ!みーはーしー」
 乱暴に肩を揺らしてようやく、ゆっくりと目蓋をあげたねぼすけにニッと笑いかけた。
「オラ、部活いくぞ!」
 寝ぼけ眼で開かれた三橋の口から最初に出てくるがおれの名前だったらいいのにな、だなんてバカみたいに少女漫画なことを考えながら、重ねたままの手にそっと力を込めて、笑った。




テーマは「寝顔」です。結局お前ら似たもの同士よねっていう。
タイトルが思いつかなくてさんざん悩みました。捻りがない・・・。
2009.02.08