の功罪、の行方


 あの見慣れた茶色の頭がオレの前をずっと走っている。おい三橋―。声を掛けようとするけれど、何故か声が出ない。それでもひたすらオレは走る三橋を追いかける。おい待てってば、なんで逃げるわけ?というかそしてオレはなんで追いかけてんの? そんな疑問がぐるぐる頭を走り回るけれど、ちっとも答えは弾き出されない。ぽくぽくぽくチーン。とにかく追いかけなきゃ。本能がそう叫んでる。というか止まろうと思っても止まれないことに気付いた。脚はオレの意思なんかとは関係なくピストン運動を繰り返す。だんだんと三橋とオレの距離が縮まってゆく。あ、手が届きそう。思わず肩を掴む。振り返る三橋。え、なんで? 三橋は怯えた表情でふるふると首を振る。眦に溜まったいっぱいの涙。え、なにそれ。三橋がか細い声で呟く。やめてやめて。オレには何がなんだかわからない。なんで三橋はこんなに怯えてるんだろう。オレ、そんなに怖い顔して追っかけてったか? ともかく慰めようとして口を開くけれど、声が出ない。慰めどころか一言も。代わりに誰かが(間違いなく口を動かしているのはオレなのにそいつはオレの意思じゃないんだ、違う、違うんだよ三橋)、こう云った。  「ゲームは終わりだよ、三橋。そしてオレの勝ちだ!」
 そしてオレだけどオレじゃないオレは、三橋を引き倒し、馬乗りになった。三橋のシャツの釦を外しながらそいつはうっそうと囁く。(お前はもうオレのもんだ、オレの、オレだけの、)(いやだ、やめて、たすけて、みずたに くん、)三橋の泣き声を殺す高笑い。涙がまっしろな世界に零れ落ちた。



(そして世界は反転する、)



「・・・・・・なんつー夢だ・・・」
 オレは真っ暗な部屋のベッドの上で呆然と呟いた。むくりと起き上がるとパジャマ代わりのTシャツの背中がぐっしょりと濡れていた。うわ、きもちわる。思わず身震いする。
 それにしたって何て夢を視てたんだオレは。自分にげんなりした。夢は深層心理とか自分でも気付かないような願望をあらわすっていうけれど、よもやまさかアレがオレの願望だったりしちゃうわけでしょうか。(うわーオレってばなんてアブノーマルな!) 幾らなんでも無理矢理はないだろオレ・・・。はっと気付いて短パンの中を確認するけれど、さすがに汚れてはなくって安心した。(・・・や、まぁちょっと元気にはなっていますけどね、うん、それくらいは健全な青少年だし仕方ない・・・よな、うん)
(何やってんのかなオレ・・・もしかして欲求不満?)と溜息と共に心の中でひとりごちる。
最近部活部活で忙しいし、そんなことしてる暇なかったからなあ・・・と遠い目。けれど問題はそう甘くはないわけです。そりゃね、エッチな夢を視ちゃうくらい仕方ないですよ。全然問題ない。寧ろ健全。けれど問題はその夢の内容なわけです。
「よりにもよってなぁ・・・」
 ばたんとベッドに沈み込んで、前髪をぐしゃりとかきあげる。そういえば三橋が夢に出てきたのなんて初めてだった。その初めてが、あんな(オレが三橋を無理矢理ごにょごにょ・・・な)夢だなんて罪悪感と背徳感で胸がいっぱいになる。うぅオレってば最悪・・・。あんなに純粋でまっしろな三橋でこんな夢を視ちゃって、おまけに何か元気になっちゃってるし。・・・でも可愛かったなあ・・・赤く染まった目尻とかきゅっと寄せられた眉とか白い、肌、とか・・・・・・やばい、思い出したらまたちょっと興奮してきた。あーもう正直に云いますよ。ぶっちゃけ夢の中で三橋を捕まえて引き倒したとき、かなり興奮してました。懺悔。や、だってあれは燃えざるをえないって! でも、でもそれにしたってなあ・・・
「・・・・・・オレ、明日まともに三橋の顔見れっかなー・・・」
 これまででいちばん深く溜息が出た。



(そんで再び世界がぐるり、)



 誰かがずっと泣いていた。密やかな啜り泣き。堪えきれない嗚咽が漏れ聞こえる。(なあ、―――?)オレは誰かの名前を呼んでいた。(―――、―――ィ、何処にいるんだよ。)聞きすぎて磨り減ったCDのノイズみたいに、名前のところだけ聞こえない。誰だろ、誰のこと捜してるんだろ。考えようとしても頭ン中は真っ白。(・・・あれ、その前に、)(オレの名前は、なん だっけ?)(思い出せない) そもそもオレはなんでこんなところに、なんのために、何してるの? こんがらがった思考、全然まとまんない。でも、あら不思議! 脚は勝手に進むし、喉は勝手に声を張り上げる、誰かの名前を呼びながら。(何てこったい)(でもなんか、前にもこーゆーことなかった?)(デジャヴュ)
 美術の教科書で見たよーな回廊をオレは歩いてゆく。両側の壁にはズラーっと沢山の扉。そのひとつひとつを開けながら、(誰かの名前を呼んで)、オレは進んでゆく。ガチャッ、ギィー、名前を呼ぶ、バタン。ガチャッ、ギィー、名前を呼ぶ、バタン。その繰り返し。何十個目かわからない扉を開けてオレは微笑む。(爽やかでも何でもない、強いていえば獲物を見つけたオオカミみたいなギラギラした笑み)
 真っ暗な部屋の隅っこにそいつは蹲っている。ぶるぶる震えてる仔羊。(オ イ シ ソ ウ)オレが声を掛けると、びくっと大げさに肩を跳ねさせて、ゆっくりと顔をあげる。涙でぐちゃぐちゃの顔あっちこっち跳ねたふわふわの髪の毛おっきな茶色の瞳睫毛には大粒の涙、「見ィつけた」
「捜したよ、三橋」
にっこり笑顔で手を伸ばす、その下は獰猛に舌なめずり。
べそべそグスングスン( 、ずた に くん・・・)嗚咽交じりのか細い声。不安と蜂蜜(その他諸々甘いもの)が溶け込んで煮詰まった甘い、縋るみたいな、)
 可哀想な可愛い仔羊ちゃんは、誰か(わかんないけど多分オレ)の名前を呼ぶ。オレが差し出した手とオレの顔を涙でいっぱいの潤んだ瞳できょときょとと見比べる。掴もうか掴むまいか幾ばくかの逡巡。腹が立つなぁ。(でもホントは知ってる三橋はオレを恐れてるんじゃなくて、自分がオレの手を掴んでいいのかってこと、そして掴んだ後で唐突に離されるんじゃないか、そういうのが怖いんだよね)(かわいそうなみはし)
「三橋、」もう一度名前を呼ぶと三橋は肩をびくりとふるわせた。おそるおそるという感じにオレの顔を見上げた拍子に目じりからぽろり、涙が零れ落ちた。
 それを見つめながらオレは一層あまく、やさしげな声を出す。
 三橋、ずっとお前を捜してたんだよ。
 オレを?と震えた声で三橋。
 そうお前を。ずっと捜してたんだ、ずっとずっと欲しかった、
 三橋がオレに手を伸ばす。三橋はいつだって自分の手を掴んでくれるものがほしかったんだ。オレはそれを知ってる。そして三橋が掴むのはオレの手であればいいと願っていた。
 もうすぐその願いは叶うのだ。三橋がオレの手をとったら、そうしたら三橋のすべてをオレは手にする。その瞬間をどんなに願っただろう。
 指先が触れる。電流が流れたみたいな恍惚。昏い愉悦が身の内に広がるのを感じた。三橋の手を握り締め、そっと顔を近づける。三橋は怯えた子どもみたいにぎゅっと目を瞑った。その目じりに溜まった涙を舐め取ると肩がびくりと震えた。笑いながらオレは三橋の名前を呼ぶ。そんなに怯えないでよ、オレ傷ついちゃう。冗談めかして頬に口吻けると、三橋はやっぱり潤んだ瞳でオレを見上げた。唇がゆっくりと動く。
( みずたに、くジリリリリリリン



(またしても世界は反転、でも きっとこれがサイゴ)



「・・・・・・何なのさ、もう」
 呆然と呟いたオレはやっぱりベッドの中で、全身にびっしょり寝汗をかいていた。さ、さむっ。冷え切った汗にぶるりと身震い。オレを叩き起こした目覚まし時計は起床時間を指していた。
 あくびをしながら、のそのそと風呂場に移動して、寝巻き代わりのTシャツを脱いで(うえー汗で湿ってる)、洗濯機に放り込んだ。そのまま顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。朝の支度は大体カラダが自動的にやってくれる。ぼけーっとしてても慣習どおりに動いてってくれるのは便利だよな、人間ってすげーなぁとぼんやりした頭で考えた。着替えて鞄に教科書とかを詰め込んで、朝飯をかっこんで歯を磨いてチャリにまたがり、家を出る。そこまで自動的にできる。
 チャリに乗りながら今朝視た夢を反芻する。だいぶ薄れてしまったけれど、それでも場面場面が頭に焼きついてる。ごめんな三橋、と呟く。
 きっとオレはフェアでもなければ紳士でもない。それでもお前をスキなのはほんとだよ。ココロの底から好きで好きでたまんないの。
「だからあんな夢視ちゃうのかもなぁ・・・・・・」
 鬱屈してんなァオレ、と心の中で呟く。でもさオレだってケンゼンな男子こーこーせーな訳ですよ。
 がむしゃらに立ちこぎでスピードを出す。よぉーし決めた!と心の中で握りこぶし。

(今日こそは、告白してやろーじゃねぇの・・・!!)

 あぁまるで中学生みたいじゃないのオレってば!ちょーはずかしい!初恋なんてとっくに済ませたと思ってたのに。恋愛には強気でいかなきゃ駄目なのよ、としたり顔でオレに語ったのは姉ちゃんだったろうか。あのときの姉ちゃんは確かに輝いてた。もー人生たのしくてたまんない薔薇色よ!とはしゃいだのちに、文貴ィあんたも恋しなさい、恋。と偉そうに云って、いそいそとデートに出かけていった。その姿を、ふーん、なんて歯ブラシを口につっこんだまま見送ってたけど、胸の中になんかもやもやした気持ちが残ってた。  あのときはなんだかわかんなかったけど、多分オレは姉ちゃんが羨ましかったんだ。オレが持ってない、知らなかったもんを持ってた姉ちゃんが。でも、と思う。今ならちゃんとわかるよ。恋をするってほんとはこーゆーことなんじゃない? 毎日毎日ささいなことで全力疾走したあとみたいに心臓がバクバクして(あれー三橋も今日パン食?オレも一緒に食っていい?)、ささいなことで有頂天になって空も飛べそう(「あ み、水谷くん、お はよう」「! はよっ!」)(三橋から挨拶してくれるなんてすごい進歩!)になっちゃうそんな感じ!世界中がオレにやさしく、すべてが味方になった気がするんだ。これって最強だよね。
 ペダルを踏む足にも力が入る。なんだかとっても叫びだしたい気分!(世界中の皆さん聞いてくださいオレいますっげー恋をしてるんです!!)朝の澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込むと、ツキリと肺が痛むけれどすごく気持ちがいい。グラウンドの入り口が見えてきた、と同時に見慣れた茶色のふわふわ頭を見つけて、どきりと心臓が跳ねる。にやり笑って思いっきり全力でペダルをがしゃがしゃ鳴らして走る。
「三橋ィー!おっはよー!!」
 ハンドルを片手放しでぶんぶん手を振りながら叫ぶと、チャリを止めていた三橋はその大きな目をぱちくりさせたあと、ふにゃりと顔を崩して
「お おはよう水谷、くんっ!」
「よーす。今日も頑張ろうなっ」
「う、うんっ」
 嬉しそうに頷く三橋の顔を見ながら、オレは拳を握りしめて、こっそり誓いを立てる。
(今日こそは・・・今日こそは告白してやるぜ三橋!)





そうしたらもうきっとあんな夢は視ない、





途中でほっぽってしまったものに加筆して仕上げてみたんですが、
あ、明らかにテンションが違います・・・ひええ。内容も変えたしね。
最初のまま、鬱な感じの予定だったんですが無理矢理明るくしてみた・・・ら、えらいことに・・・(うつろな目で)。
半年以上ブランクが空いているのでそれがまずかったな・・・(そりゃそうだ!)(しかも他にもある)
水谷は躁鬱攻めだと思ってます。躁鬱攻めだいすき!
2005.07.17
(そしてUPしたのは07.01.01という体たらく!済みません・・・)