「結婚しよう、三橋」と唐突に泉が云い、浜田は口をあんぐりと開け、田島はすっげー!どこで!?とはしゃぎ、昼練中の吹奏楽部員がトランペットを甲高い音で吹き鳴らした。(祝いのファンファーレ?)(そんな馬鹿な!)

■□結婚式ごっこ□■



 いつも通りの教室、晴天の青空、待ちに待った昼休み!腹減ったァと授業終了のチャイムと同時に叫んだ我らが頼れる四番バッターは購買へパンを買いに飛び出していった。もちろん意外に大喰らいなエースと一緒に。仲良くおてて繋いで駆けていく様はさながら小学生(もしかすると幼稚園児とかそういう)だった。二人の昼休みの購買ダッシュは既に見慣れたものとなり、周りはあたたかく見守っている。なんで男子高校生が手を繋いで歩くんだ、とかそんなに急がなくてもパンは逃げないぞ、とか思いつつも、まぁ幼稚園児みたいなものだし。ということで今日も元気だなぁと(同い年だけれど)クラスメイトならびに学年中が今日も懲りずに手を繋いで購買へ走るひよこ組を笑顔で見送ったのだった。
 そしてそのとき教室に残された浜田は一生懸命取れた袖のボタン付けに夢中で、弁当を出しもせずにぼんやりと窓の外を見遣っている泉の異変にも気付かなかった。残念なことに。
ばたばたばたばた、ガターン!
「たーいまァ!」
「たっただい ま!」
 息せきって教室に飛び込んできた二人に意識半分で「おう、おけーり」と浜田は針と糸と格闘しながら。「よっしゃ出来た!」歯で糸をプツンと切り、裁縫セットを仕舞い込むといそいそと弁当を持って田島と三橋の机の横に移動した。
「ほらよ、できたぜ田島」
袖のボタンを付け直し終わった田島のシャツを手渡してやると、わあっと歓声。
「おっありがとなー!浜田! すげーカンペキじゃん! なっ」
「う うんっ!ハマちゃん スゴイ!」
 素直なキラキラ尊敬オーラに照れつつも悪い気はしない。まるでギシギシ荘にいた頃に戻ったみたいだぜ・・・と思いを馳せるのはいつものこと。あの頃の三橋はいつだってオレの後をくっついてきてはハマちゃんってスゴイ!と憧れの視線で見上げてくれてとっても可愛かったけれど、今の三橋だってとっても可愛い。男子高校生に使うべき形容詞じゃないかもしれないけど、と思いつつも、だってそれ以外になんていやーいいのよ?と云いたくなる。もーしあわせです!と云わんばかりに買ってきたパンをぱくぱくと一心不乱に口に運ぶ姿なんて小動物のようじゃないか。
「頬袋ありそうだよなァ・・・」
 思わず口をついた独り言にきょとんと首を傾げられる。なんでもないよ、と笑って、ついでに頬についた砂糖まみれのパンの欠片をひょいぱくり。
「頬袋とかあったらいいよなー!オレあったらすげー活用するよ。四時間目とか腹減りまくりだもん!」
「おっオレもほしい! おなかすく、よねっ」
「だよなー!もー木曜の三・四時間目とかちょーやべぇもん。数学と物理がコンボだぜ?眠いけど腹減って寝らんないしさ」
「・・・授業聞けよ」
「えー浜田には云われたくねぇよ!だってお前いっつも寝てンじゃん」
 知ってんだぜ、とニシシ笑いの田島。なー三橋も見たよなっこないだなんてヨダレ垂れてたぜ、という言葉に慌てたのは浜田。
「さ、さすがにヨダレはねぇよ!」
「えーだってオレら見たもん。なっ」
「うっ、うん。あ、で でも・・・あの、すっごい気持ちよさそーだった よ!」
 慌てたような三橋に浜田はがっくりと肩を落とした。「三橋、それフォローになってないから・・・」
 それでも、まぁそれはいんだけど、と溜息交じりに話を変えた浜田は伊達に2回も一年生をやっていない。人間切り替えが早くなきゃやってけないんだよね、と云ったのは誰だったか。
 浜田はこっそり小さく三橋と田島を手招きして、小声でおそるおそる内緒話。
「・・・・・・・・・なぁ泉、今日どうした?もしかして・・・なんか怒ってる?」
 自分にはかなーり結構慇懃無礼な元後輩・現同級生は怒るととっても怖い。怒髪天をつくってああいうことなのね、と身をもって体験してからはなるべく怒らせないようにしている・・・つもり、なんだけどなァと浜田は顔を青くする。弁当を口に運びながら、ひそひそ話の続き。
「もしかしてオレなんかやらかした?朝から泉ずーっと窓の外見てるか机につっぷしてるかじゃん。もうオレの方とかぜってー見ねぇの!昼飯ンなってもこっち来ないしさ」
 ちょーこえぇ!と震え上がる仕草の浜田に田島は首を傾げる。
「えーンなことないんじゃね? 浜田も今日ずっと寝てたじゃん」
 だから怒らせることもしてないだろー?と田島。
 いやまぁそりゃそうなんだけど、と顔を赤くしながら浜田。それでも真剣な表情で、
「・・・その寝っぱなしが気に食わなかった、とかは?」
「いつもそうじゃん。今更ってカンジだよなあ」
「そうか〜? じゃあ一体なんだっつんだろな・・・うわーやだな、こーゆーの針のムシロっつーの?」
「でも浜田が原因とは限んなくね? ヘンな夢見て機嫌悪いとかさー。オレもさー!昨日すっげーヤな夢視ちゃったんだよねー!晩ご飯がオレの大好物ばっかりだったんだけど、さぁ食うぞー!ってときンなったら全部なくなってんの!何処行ったのかと思ったら、窓から皿が飛んでってさあ・・・」
 空飛ぶ円盤がーとか実は皆ウチュウジンでさーとか云い出した田島を曖昧にはぐらかして、
「な、三橋はどー思う? 泉がなんで機嫌悪いか・・・・・・って、うぇ!?」
 さっきから静かに飯食ってんなーと思った三橋は真っ青な顔でぼろぼろ泣いていました。
「三橋ィ!!? ななななんで泣いてるの!?」
「ちっ、ちが・・・って、おれ、おれ・・・が、きっ と・・・それで、いず、みくん」としゃくりあげながら三橋。
 オレの所為!?オレがなんかやっちゃった!?とパニックに陥る浜田を他所に、田島は三橋の頭をぽんぽんと軽くなでながら。
「ばかだなー三橋の所為なわけねーじゃん!だって三橋なんもしてねーだろ」
「で、でも わかんな い、け ど・・・オレのこと、きっ・・・・・・キラ、イ、に」
「「それはない」」と、ぴったりキレイな二重奏に三橋も濡れた瞳をぱちくり。
 あー自分が何かしたんじゃないのかって思ってるのね、とようやく事情が飲み込めた浜田と、相変わらず三橋の頭に手を置いたまんまの田島は口々に全否定。
「三橋のこと泉が嫌いになるなんてありえねーよ」
「そんな事態になったらオレはまずそいつが泉に成りすました宇宙人じゃないかと疑うね」
「嵐が来るかも」
「いやー竜巻くらいくるんじゃない?」
 地震だ富士山噴火だ地球の終わりだビックバンだと云い合う二人に三橋は柳眉をさげた。
「でっ、でも・・・オレ、ヤなやつ だし、急に オレのこと、うざくって キライ、に・・・」
「―――三橋」
 反論しかけた浜田より先に声を掛けたのは泉だった。い、いつの間に・・・と唖然としつつも、オレらが云うよりも泉本人が否定すりゃ三橋も泣き止むか、とほっと胸を撫で下ろして安心するも束の間。目の前の光景に思わず浜田はあんぐりと口を開けた。
「いっ、いず み、く・・・」
「三橋・・・・・・」
 そっと泣きじゃくる三橋の手を両手で包み、泉は最高の笑顔で微笑んだ。

「・・・・・・結婚しよう、三橋」

「すっげー!どこで!?」
「なんでそうなるの!!?」
 一拍置いた後、田島と浜田はそれぞれ違うニュアンスで叫んだ。いやいやだっておかしいでしょ!?という浜田の悲痛な叫びは田島の嬉声に打ち消されてしまった。泉に手を握られたままの三橋の首にガッと腕をまわして、はしゃぐ。
 当の本人である三橋はきょとんとしたままフリーズ。古ぼけたパソコンみたいな三橋の頭は音を立てて必死で今の情報を処理している。ウィーンウィーン、ガガガ、ピー。そんな音が聞こえてきそうだ。
「・・・・・・三橋は、オレのこと嫌い?」
「! そっそんなことない、よっ!」
 泉の殊勝そうな口調のなか、『嫌い』という言葉に三橋はピンッと反応した。脊髄反射の勢いでそのまま口を開く。あっと浜田が止めようと思ったときにはもうそれは三橋の口から飛び出した後だった。
「オッ、オレ、オレ も泉くんのことすきっ、だよ!!」
 プァ〜ッと窓の外から間の抜けたトランペットの音が聞こえてきた。何このタイミング、と浜田は愕然とした。だってこれじゃまるで祝いのファンファーレみたいじゃないの。
 途端、その音がきっかけになったかのようにクラス中がどっと沸いた。
「マジかよ泉!」「や〜ん泉くんってば男前ぇー」「三橋くんとおしあわせにね!」「式には呼んでくれよな。オレ、スピーチしちゃうぜ」「あっじゃあオレこいつとアレ歌うよ。てんとう虫のサンバ!」「いやーめでたいなあ」
 にこにこガヤガヤわいわい。大いに盛り上がるクラスメイトの笑顔を見て浜田は脱力した。うちのクラスって一体なに!?なんなのこの団結力! やっぱり若さだろうか・・・とひとつ年上の浜田は遠い目。田島は教科書を丸めた即席マイクを向けられている。「オレも三橋のこと大好きだけどさっ、三橋が泉がいいってゆーならオレは男らしく身を引くよ。だって三橋にはしあわせになってほしいもんな!」「キャーさすが田島さま!かっこいい!抱いてー!」「三橋以外はお断り!てゆーか柔道部のムサイ男に云われてもうれしくねー」「わははそりゃそうだ!」
 ・・・なんていいクラスなんだ。愛すべき我が9組の面々よ。他に云うことはないのか!?
 そんな葛藤をする浜田にもマイクが向けられる。
「どーですか大事な娘をお嫁に出す心境は、お父さん!」
 教室のど真ん中につくられた即席雛壇に座る三橋を見た途端、思わず浜田は叫んでいた。
「うちの可愛い三橋を嫁になんて行かせられるかッ!」
「出たー花嫁の父!」
「だってまだ16だぜ16!まだまだお嫁に行くには早すぎるだろォ!?」
 けらけら笑う司会者にさっきまでの傍観者スタンスも忘れて、浜田は嘆いた。「あんなにちっちゃくて可愛かった三橋にもうお嫁に行くような時期がくるなんて・・・」
「浜田・・・子どもはいつか巣立っていくものなんだよ・・・」
「うぅ、それにしても早すぎるだろ・・・・・・式の前夜に三つ指突いて『今までお世話になりました』だなんて云われるのなんて耐えられない!」
「わかる、わかるぜ浜田」
「もう今夜は飲み明かしたい気分です・・・酒持ってこーい!」
「酒はないからオレンジジュースで我慢してくれ。ほらよ」
 脳内アルコールですっかり出来上がってしまった浜田は机にくずおれて思い出話。教室の真ん中では机を並べてつくった即席雛壇に仲良く手を繋いだ泉と三橋。こちらもおおはしゃぎのクラスメイトに囲まれる。すぐそこの机にあったパンの口をとめる針金を「ちょっとこれ貰うぜ」と手にして、再度ぎゅっと三橋の手を握り、真剣な顔で新郎は丸めたそれを花嫁さんの左手薬指に滑らせる。
「とりあえず今はこんなものしかないけど・・・・・・幸せにするぜ、三橋」
「あっありがと う!」
 そんなほんわかした光景にクラス中が拍手喝采。誰だか知らないけれど、着メロで結婚行進曲だなんて流す輩まで登場する始末。信頼できるスバラシイ仲間たち、priceless.
「あたし明日指輪つくってきてあげようか」と手芸部のおんなのこが云えば、
「じゃあお祝いの花束はあたしねー!」うち花屋なの、と別の手があがる。
 いやー宴もたけなわって感じだよなぁにこにこ、と盛り上がるその結婚式騒ぎは、実は39度もの高熱を出していた泉がぶっ倒れるまで続いたのだった。チャンチャン。



そんなクラスメイトたちが語る後日談。

「いやーまさかあのときの泉が熱に浮かされて意識が飛んでたとはねー」
「あの後病院に担ぎ込まれて大騒ぎだったもんな」
「うーん確かによく考えると、あのときの泉はおかしかったかもしれない」
「だよな。でも田島とかはいつもあんな感じだからオレら疑いもしなかったぜ」
「野球部って、あ、浜田もだけど、みんな三橋くんのこと大好きだもんねぇ」
「仲良いよなー。いやいやオレらも負けたもんじゃないと思いますけど!」
「あの団結力!いやー素晴らしかったね。クラス対抗の運動会やらがたのしみだな」
「優勝間違いなしっしょ!」
「あ、野球部がまたなんかやってる」
「わー三橋が田島に潰される! あ、泉の鉄拳。あれ痛そうだよなー」
「おお仲介に入った浜田が代わりに拳を受けたぞ。そしてローキックが完璧に決まった」
「浜田死んだな・・・・・・あ、三橋が声掛けたら復活した」
「その代わり泉大明神の怒りは頂点に達したけどな。ご臨終様・・・なむなむ」
「あいつらってほんっと仲良いよな〜」

 9組の教壇には、『あなたが結婚しようと云ったから今日はプロポーズ記念日』記念のピンクの薔薇の花束が飾られていて、それはひそかに恋のご利益があるとして花占いに使われているとかいないとか。そしてそんな人騒がせな新郎新婦の左手薬指には、その後有言実行で徹夜でつくりあげたという手芸部秘蔵っ子作の素晴らしい出来映えの指輪が嵌められている、らしい。

おしまい!






えーたいへん書いていてたのしかったです(笑)
なかよし9組話はなんだか反応もいちばんいいので、つい調子に乗ってしまいました・・・。
最初考えていたのはもうちょっと違う展開だったのですが9組たのしすぎて・・・っ。
実は熱で朦朧としていた泉くんの奇行ですが、まぁ愛は本物なのでモーマンタイです!笑
2006.05.06