魔法の手
―――泉くんの手は、魔法の手みたいだ。 じっと泉の手元を見つめていた三橋が、ふいにそう呟くのに、泉は思わず卵白をかき混ぜていた手を止めた。カシャン、と軽い音を立てて止まった泡だて器に、三橋はきょとんとして泉を見上げた。どうしたの?と云わんばかりの表情で瞬きする三橋に、それを訊きたいのはこっちのほうだよ、と泉は心中で思う。 「・・・・・・魔法って、なにが?」 その言葉に、ぅえっ!?と三橋が驚いたように声をあげて、あわてて口元を押さえた。どうやら自分では口に出しているつもりはなかったらしい。泉は苦笑して先を促がす。いいよ、云えよ。 三橋はおそるおそるというように、泉を窺いつつ、・・・あの ね、と口を開いた。 ―――泉くんはすごいと思っ て。だって、こんなにおいしくてかわいいものを、あっという間につくっちゃうんだ。すごい、よ! ほんとに、魔法みたいで、きれい。 たどたどしく、三橋は言葉を紡ぐ。調理台に置いた両腕の上に、こてんと顔を乗せて、銀色のトレイに並べられた砂糖やメレンゲやマジパンでつくられた細工を、嬉しそうに見つめている。うさぎやクマ、雪だるま。ちゃんとボタンのついた服まで着た、愛らしい人形たちは、さっきから泉が黙々とつくり続けているものだ。 通っている製菓学校から出された課題であるというそれらを三橋は、まるでクリスマスのショーウインドウに釘付けになった子どもみたいな熱心さでじっと見つめている。その視線の熱で、いまにも人形たちが溶けだしてしまうんじゃないかと心配になるくらい。 泉は面映くなって、ぶっきらぼうに、また泡だて器をかき混ぜながら答えた。 「・・・・・・別に、それほどすごくねーよ」 なかには我ながらいい出来じゃないかと思うものもあるけれど、大半は顔が歪んでしまっていたり、いびつな服をしていたりと、まだまだ練習不足が窺えて、泉は歯噛みした。 まだ、そんなにきらきらした目で褒められるほどの腕じゃないことは自覚しているのだ。 それでも三橋は、ううん、と首を振った。 「泉くんは すごい」 「・・・どーも」 子どもみたいにそればっかりを繰り返す三橋に、泉は何も云えなくなってしまった。 なんの含みもない純粋な褒め言葉がうれしくて、そしてくやしかった。もっとうまくなりたいと思う。こんなふうなしあわせそうな視線に釣り合えるようなものをつくりたい。 日本中のひとを、だなんて大それたことは思わないけれど、それでもこの目の前の存在をもっと笑顔にさせてやれる魔法の手がほしい。そう、心底思った。 |
いつ書いたかわからないほど古いんですが、発見したのでUPしてみました・・・ほんとにいつ書いたんだろうこれ・・・
お菓子のこととか適当すぎて色々変な予感がひしひしと・・・!
2008.08.16