夕日の映える部室にて
―――オレ、三橋にスキだって云うよ。
凛とした声が静まり返った部室にひびく。
窓の外はすっかり暗くなり、ここにはオレと田島しか残っていなかった。
遠くまでとんでいったボールを捜しにいっていた田島が戻ってきたのは、皆がほぼ着替え終わった頃で―――そのときには三橋ですら着替え終わっていた―――、それぞれはやく帰らなければならない用事があるらしく、足早に帰っていった。
オレが鍵当番だったので仕方なく残っている間に、ちらちらとオレの方を窺っていた三橋も栄口や花井に連れられて帰っていった。
夕日はわずかに山の端にのこり、未だオレンジ色のひかりをあたりに撒き散らしていた。
―――は? 今なんつった?
オレは聞き返す。寄り掛かった壁の脇から西日がはいりこみ、田島の横顔を照らす。
田島は答えなかった。いつもの喧しさは何処へやら、黙々と着替えている。ランニングを脱ぎ、制服のシャツを羽織る。たんたんと機械的なまでに動く田島にオレはすこしだけ恐怖を感じる。(―――田島に恐怖だって? ばかばかしい)
―――オレ、三橋のことすきだ。ほんとに、すごく、スキ。
田島が云う。ぽつりと呟くように告げられたそれはオレを突き刺す。けれどオレはその痛みがなぜ起きたのか知らない。
何云ってんだよお前。オレは笑う。喉を震わせる。笑わずにはいられなかった。いつになく真剣な、その夕日に照らされた真摯な横顔、とか。ひどく切なげに紡がれた言葉、とか、寄せられた眉、とか。何だよ、それ。何云ってんだよお前。なんでそんなことお前が云うんだ。
笑うオレを田島が振り返った。思わず息を呑む。田島の瞳に見たこともないような表情が漂っていた。何だよそれ。その目、それって何なわけ? 背筋をつ、と汗が流れ落ちた。
―――なあ、阿部さ。
田島が云う。
―――それって本気で云ってる? それともわざと? 阿部もさ、ほんとは知ってたんだろ。オレが三橋のことどう思ってるのかどうか、なんて。だって、そうでなきゃお前、
―――はあ? だから何云ってんだよ、お前。何が・・・どうしてそういう話になるんだよ。意味判んねぇし。
田島は呆れたようにオレを見た。その瞳をさっと軽蔑にも似た感情がよぎったのに気付く。・・・なんだよそれ。何でオレが、お前にそんな目で見られなきゃならない。
ぐるぐると思考が駆け巡る。言葉が脳を通らずに口から零れ出てくる。
好きって何だよ。なに、田島、お前ってホモなわけ? だって、お前ら・・・男同士、だろ。
田島は黙々と着替え終え、バタン、とロッカーを閉めた。それはたいして力を込めて閉じられたわけでもないのに、異様に大きく響いてオレはびくっとした。田島はまた、あの嫌な目でオレを見ていた。阿部さぁ・・・と田島は云いかけたが、ちょっと間を置いて口を閉じた。
軽くうつむいて、何度か頭を振ったあと、田島はまたしっかりとオレを見た。
―――・・・阿部、お前サイテーだな。気付いてないんなら、別にイイよ。お前はそうやって判んないふりしてればいいさ。三橋はオレが貰う。そのときになって、後悔して泣いたって遅いんだからな。こんなところで立ち止まってるお前には、三橋をしあわせになんてできない。・・・オレは三橋のことほんとにスキなんだ。だから三橋をしあわせにしてやりたい。ずっと笑っててほしいって思うんだ。
そのあまりにも真剣みを帯びた表情と声音にオレはどうしようもなく、困惑した。何でオレが後悔するんだ、とか、しあわせにしてやりたいとか何だよ、とかぐるぐると頭の中で田島の言葉が回る。
田島はしばらくオレをじっと見ていたが、ちいさく息を吐くと、くるりと背を向けていった。
ドアノブに手をかけ、すこしドアを引いたあと、田島はゆっくりとオレを振り返って云う。
―――阿部、お前さ、ほんとバカだよ。
そうして田島は出てゆき、パタン・・・とちいさく扉の閉まる音がしんとした部屋に落ちた。
オレはどうすることもできずに、そのまま部室の真ん中に立ちつくしていた。
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無自覚な阿部。そうとう嫌な(阿部の)話です・・・。書いてて阿部がすごい嫌だった。ホモのくだりとか本気で入れるの迷った。
阿部ファンの方、すみません・・・でも私も阿部好きなのに(死)。というか偽者すぎるぜ。
そのうち引っ込めるかもしれません。あわわ。
2004.11.21