菓子の憂鬱



(・・・・・・あ あべくん)
舌ったらずの子どもみたいに三橋が呼ぶ。
(何だ?)
オレが云うと、三橋は頬を染めてちょっと俯いた。そして徐にシャツのボタンに手をかけ、例のもたもたとした手つきでボタンを外してゆく。
(み、三橋!?)
慌てて声を上げるオレに三橋はボタンに落としていた視線を上げて上目遣いでオレの顔を見上げる。林檎みたいな赤い頬、潤んだ瞳。ピンク色の柔らかそうな唇が動いてオレの名前をまるで砂糖菓子みたいな甘ったるい声で呼ぶ。

(―――オレ、あべくんになら・・・何されたって、いい よ)

小さく首を傾げて、潤んだ瞳の中にバカみたいな顔をしたオレが映っていた。三橋のシャツは半分くらいまでボタンが外され、三橋のあんまり日に焼けていなくて白い素肌がうっすらと赤くなっているのが見えた。
(、あべくん・・・)
三橋の顔が近付く。三橋がゆっくりと瞳を閉じる。
そして三橋の唇にオレの唇が―――・・・・・・





「――っていう一番いいところでお前が」
「うわー! ぎゃー!! やめろー聞きたくないーっ!!」
花井は絶叫した。
「・・・何だよ。お前が訊いたんだろ」
「いやいやいや! でもンな内容だとは思わねーだろ・・・」
涼しい顔でストローに口をつける阿部を花井は泣きそうな顔で見つめた。
こんなことになるならあのまま寝かしときゃよかった・・・と涙ながらに後悔するももう遅い。四時間目の途中からめずらしくグースカと寝こけていた阿部が授業の終わりのチャイムが鳴っても起きなかったので、同じクラスである花井が起こそうと近寄ると、恐ろしく不気味なことに阿部は実に幸せそうな顔で笑っていたのだ(もちろん寝たまま)。非常に気味悪く思いながらも、田島や三橋と一緒に昼飯を食べる約束をしているのでこのまま寝かしておく訳にもいかない・・・と花井が意を決して、机に突っ伏して寝ている阿部の肩をがしがしと揺らして「おい、阿部! 起きろよ!!」と呼ぶと、阿部はゆっくりと顔をあげたが、まだ頭が夢の世界らしく目がぼーっとしていた。だがそれも何秒か経つとだんだんと脳が覚醒したと見えて目の焦点がはっきりとしてきた。
そして花井が「おー起きたか、あ」  べ、と云う前に阿部は鬼のような形相で花井をギッと睨むと「お前っ、なんで起こすんだよ! このバカ!!」と云い放ったので花井は目を丸くした。
そしてよっぽど幸せな夢を見ていたらしい阿部は自分に途中でその夢を中断された、すごくいい夢だったのに、とブツブツ文句を云い続けるので、そんならどんな夢だったんだよ、と三橋たちが来るまでの時間つぶしにでもと思って阿部に尋ねてみたのだった。そして冒頭の話に戻る。

「・・・・・・聞くんじゃなかった」
「あーあ、花井に起こされなきゃオレは今頃三橋と」
「ぎゃーッ! だからやめろっつってんだろぉー!?」
「何をやめろって?」
「だからそのセクハラ話を・・・・・・って田島?」
「おう」
バッと伏せていた顔をあげると、田島がにっかりと机の横に立ってVサインをしていた。その田島の後ろで、三橋がぜーぜーと息を荒くしていた。
「みみみ三橋! いつから其処に!!?」
「たった今来たとこだけど?」
もしや今の話を聞かれたか!? と焦る花井に田島がきょとんとした顔で答える。そして「いやー四時間目はシガポだったんだけど、授業延びちゃってさー。んで三橋と全力疾走してきちゃったー」と明るくあはは、と笑う田島の横でやっと息が整ったらしい三橋がふぅ、と息を吐いた。どうやら田島に腕を掴まれたまま三橋たちのクラスである9組から花井たちのいる、この7組まで無理矢理全力疾走させられたらしく、まだ少し顔が赤い。
「大丈夫か、三橋?」
花井が云うと、「う、うん。だいじょう ぶ」と頼りなくもこくこくと三橋が頷いたところで周りから椅子を借りてきた田島が目を輝かせて戻ってきた。
「ね、それよりセクハラって何の話? ワイ談? ワイ談ならオレも混ぜてよー」
「う・・・やめとけ。絶対後悔するぞ」
花井は顔を引き攣らせて、阿部の方を見ると、阿部は「わいだん・・・?」と首を傾げる三橋に「お前は知らなくていいよ」とそ知らぬ顔で告げていた。



「三橋、まだ腹減ってるか?」と三橋の弁当があらかた無くなったところで阿部が自分のパンを指差して三橋に声を掛けると、おかずの煮豆を箸で掴むのに一生懸命だった三橋は「え?」ときょとんとして阿部の顔を見た。
阿部が「今日、パン食いきれそうにないから三橋食べていいぜ」と云うと三橋は目をきらきらさせた。
「好きなの取れよ」
「あ で、でも阿部君 は・・・?」
どっか具合でも悪いの? と三橋が心配そうに机の上の2,3のパンを見ながら訊くと阿部は「いや、調子は悪くないよ。ただちょっと、胸がいっぱいで・・・」とフッと笑って頬を染めた(花井はその光景を見て再び顔を引き攣らせた)。
「だから気にすんなよ。ほらクリームパンは? 三橋、好きだろ?」
阿部がほら、と促がすと三橋は嬉しそうに「あ ありがとうっ」と云い、そして傍から聞いたらとても問題のあることを云った。


「あ、でも オレ あべくんがいいんなら、なんでもいい よ?」


うへへ、と実に幸せそうな顔で阿部とパンを見てふにゃりと笑う三橋を見て花井と阿部は同時に、口をつけていた紙パックに思いっきり息を噴き出し、中の牛乳を思いっきりゴボッと泡立たせた。
「うわっ、きったねぇな〜! 牛乳とんだぞ!」ときゃんきゃん文句を云う田島を尻目に花井は夢と現実とのおそろしいリンクに顔を青くした。
(い、今の台詞ってさっきのにすっごい似てた気がする・・・!)
おそるおそる阿部を窺うと、阿部は花井とは正反対に顔を赤くして両手で三橋の手をがっちりと掴み「み、三橋!」と目をギラギラとさせていた(そのときの阿部の顔は初めて三橋の球を受けて「球種は!」と云ったときの顔にそっくりだったと花井は思った)。
「ええええ、あ あべくん・・・??」
「三橋・・・オレ・・・・・・」
うっとりと、しかしギラギラとしたとても危険な目をした阿部にいきなり手をしっかと握られ、何が何だかという風に混乱した三橋はやはり瞳を潤ませて至近距離にある阿部の顔を小首を傾げて上目遣いで見返した。そしてその表情と仕草は阿部の残り少ない理性を消し去るには充分なもので、
「三橋! 抱かせ、」
「早まるな阿部ェ―――ッ!!!」
ガシャーン、ガコガコーンッ、と盛大な音を立てて花井は三橋に襲いかかろうとした阿部を椅子から蹴落とした。








阿部・セクハラ・隆也。さすが阿部様! ミドルネームも尋常じゃないですね!!
花井くん不幸ギャグで申し訳ないです・・・(本人に)。というか非常に判りにくいですねこれ。あわわ。
これが初おお振り小説なんですが、色んな意味でえぇーな感じですね・・・他にもネタはあったろうに。
ギャグは楽しいなー書くの大変だけど。最近薄暗いデスノのシリアスばっか書いてたしなあ・・・。
というか水谷君も7組だったんですね! ぎゃーやっちまった。ハブにしてる訳ではないのです・・・!!
2004.08.23−24(気づいたら日付変わって結構経ってました。私は夜中に何を・・・)