Lonesomely two kings
孤独の二人
「ここではわたしとユーリ、あなたしかいないんだよ。世間の常識だとか倫理観なんかは捨て去ろう。ねえユーリ、あなたはもうわかっているんでしょう・・・?」 そう云ってサラはおれの手を取った。すべやかな指先がおれの指先から手の甲、腕をなぞり頬に触れた。何も見えないけれど、空気の動きと衣擦れの音で彼が近づいてきたのがわかる。ゆるゆると地面に押し倒され、サラの重みを体の上に感じた。「ねえユーリ、」と間近で囁かれる。熱い息遣いがおれの頬にかかった。けれどもおれは何も感じなかった。なにも。おれは何も考えたくなかったし、何も感じたくはなかった。いまさっきの出来事を遠い夢の中の出来事にしてしまいたかった。だってどうしてあんなことをしんじられるだろう。知らない。おれはなにもしらないしわからない。そう切って捨てられたら、どんなにか楽になるだろうか。おれはそれをしてしまいたかった。決して赦されないことだとわかっていても。 ユーリ、と囁く声をぼんやりと聞いていた。とても近くで、息遣いすら感じるほど近くで囁かれているのに、おれは一切を拒絶していた。とても遠い。世界が、すべてが。 ねえユーリ泣いているの?泣かないでよユーリここにはあなたを悩ませたり泣かせたりくるしめたりするものなんかありはしないんだよここにはわたしとあなただけだ世界はわたしたちだけでできているんだよそうでしょうユーリだからあなたが泣く必要なんかなんにもないんだよどうしてそんな顔をするのユーリここにはわたししかいないんだあなたの前にいるのはわたしだけなんだよ泣かないで泣かないでわたし以外の理由で泣くなんて赦さない!! サラは氷のような声音で叫んだ。桜貝のようだった爪がおれの頬を引っかいた。けれど痛みは感じない。これぐらいの痛みなんか感じるわけがない。(ああ彼はどれほどの痛みを感じたんだろうかおれのせいだおれのせいで、おれが代わりになりたかった彼の言葉を忘れられない、あなたは走るんです陛下、クリスマスの絵画みたいな笑みどうしてそんなふうに笑うんだあんたもおれを置いて、) ああごめんねごめんよユーリあなたを傷つけたかったわけじゃないんだごめんねごめんね、サラレギーの悲痛な声が聞こえた。おれはぼんやりと闇を見つめながら口を開く。怒ってないよおれが怒るわけなんてないんだあやまらないで。ああユーリあなたはやさしいね。蕩けるような声でサラが云う。首に細い両腕がまわされる。やわらかな髪がおれの頬に触れた。謝らなくていい。謝られる必要なんてなにもないんだ。謝りたいのはおれの方だ。それなのに、謝りたいのに、おれの傍にそのひとはいない。ごめん、ごめん、ごめん、ごめん。おれの所為だ。おれの所為だ、なにもかもが。これほどまでに自分の未熟さを呪ったことはない。相変わらずおれの目はなにも映さないけれど、いっそそのほうが気が楽だった。もう、なにも見たくない。 サラはおれを抱きしめながら、耳元で何度も何度もおれの名を呼び、謝罪の言葉を重ねた。ユーリユーリごめんなさいごめんなさいユーリあなたを傷つけてしまった。熱い吐息を感じる。けれど寒くてたまらなかった。おれは自身を抱きしめるサラの背に手をまわした。きみはわるくないよサラ。おれが告げるとサラレギーは嬉しそうな声を漏らした。ああユーリありがとう、ありがとうユーリ。いっそう強く抱きしめられる感触におれは息を詰めた。ここはとてもさむいんだ。そして途方もなく孤独だった。おれはサラをいっそう強く抱き締めた。すこしでもこの寒さが和らぐようにと。 |
2005.09.12の日記ログより。
宝マを読んだあと日記に一気に書き上げたもの。
洞窟(ちょっと違うけど)に二人っきりって乱歩の「孤島の鬼」っぽい・・・!と興奮したので
それっぽく仕上げたつもりです。
妄執サラさまは書いていてとてもたのしかった記憶が・・・(笑)
2008.08.22