ボクらのまりかた



 ―――突然だけれど、ボクらはいまラブホテルに来ている。

 ボクら、というのはボクと城之内くんのことだ。ボクらは曲がりなりにもいわゆる“お付き合い”というものをしていて、簡単に云うとコイビト同士・・・なはずだ。たぶん。
 たぶん、というのはボクは城之内くんに「おれはおまえが好きだ!」とも「付き合ってくれ!」とも「この夜空にかがやく星の数ほど愛しているぜ」とも云われていないからだ(最後のやつはちょっとした冗談だけど。こんなの城之内くんは一生云ってくれないだろう)。
 でもボクは城之内くんのことがすきで、城之内くんもボクのことを好いていてくれると思う。それはなんとなくわかる。だからボクらはなんとなく手を繋いで、なんとなく抱き合って、なんとなくキスをした。
 それに学校に行くとき、城之内くんはボクを家まで迎えに来てくれるようになった。数十メートルくらい行ったら、すぐにほかのみんなと合流しちゃうから大した時間じゃないんだけれど、それでもボクはうれしかった。朝起きて着替えをして、部屋の窓から外を覗くと、城之内くんがいて、ボクに手を振ってくれる。それだけでボクは朝からしあわせな気分になれるんだ(ただ、城之内くんをあんまり待たせちゃ悪いと思って、朝ご飯をものすごい勢いでたいらげるから、もうちょっとちゃんと噛んで食べなさい、とママに怒られるようになったけど)。
 そして洗面所で歯磨きをしてると、もうひとりのボク(ボクの双子の弟。この呼び方はちいさい頃からの癖がそのまま残っている)が半分死んだような顔でボクに抱きついてくる。もうひとりのボクは朝にものすごく弱くて、ねぼけまなこでいつもボクを抱きしめて(といっても体格の違いのせいで、ボクより背の高い彼がボクにのしかかる、という形になるんだけれど)、頬にキスをしてくる。これも小さい頃からの癖のひとつなんだけれど、いまだに治らないらしい。本人にいい加減ボクらもう高校生なんだしやめようよ、と云っても、寝ぼけての行動なので約束はできない、としらっと返されるが、ほんとはぜんぶ覚えてるんじゃないかなとボクは最近ちょっと疑っている。
「おはよう、もうひとりのボク。もう終わるからちょっと待っててね」
 口をゆすいで、ハイどうぞ、と隣りにずれると、サンキュ、とかなんとか口の中でもごもご云って、もうひとりのボクは顔を洗い始める。その後ろ姿をよそにボクは部屋に戻り、姿見のまえで制服のリボンを結んで、ベッドに腰掛けてハイソックスを履く。そうしてもう一度鏡の前で前髪がはねていないか、リボンが曲がっていないかチェックして、鞄を手に取る。時間割は前の晩に揃えたし、教科書はだいたい教室に置きっぱなしだからたいして重くはない。
 階段を降りていくと、もうひとりのボクが食卓でもそもそと食パンを頬張っていた。ボクの姿を見ると、がたっと立ち上がろうとしたが、ママにぺしっと頭をはたかれて、不機嫌そうに座りなおした。ボクはそんな様子にちょっと笑いながら、ママからお弁当を受け取って鞄に入れる。
「じゃあ行ってきまーす!ボク先に行くから、ちゃんとご飯食べてくるんだよ?」
 ボクが云うと、もうひとりのボクはますますぶすくれた表情でサラダのキュウリにフォークを突き刺した。それでも小声で、いってらっしゃい、と返してくれるのはママの教育の賜物だ。礼には礼を、挨拶には挨拶を。武藤家の家訓その一。
 ボクが城之内くんと待ち合わせていると気付いたもうひとりのボクは、なんだかんだで一緒に家を出ようとしてくるようになった。が、その目論見は、育ち盛りの男子高校生が朝からコーヒー一杯だけだなんてゆるしません!というママのお目付けによって三回に一回くらいしか成功しない。本人は、ほんとうに朝は食欲がないらしく食べると云っても食パン半切れとサラダ、牛乳くらいしか食べられないので実際コーヒーだけで構わないと云い張っているのだけれど、ママはなかなかゆるしてくれない。なので、ボクは城之内くんと(ときどき邪魔は入るけど)ふたりだけでおはようの挨拶を交わすことができる。もうひとりのボクには悪いけれど、そこばっかりはママに感謝だ。だってもうひとりのボクが一緒に来ると、ボクと城之内くんはろくろく話もできないんだから(いくらもうひとりのボクが城之内くんと喋りたいからって云っても、朝くらいはボクに譲ってくれたらいいのにね、と以前親友の杏子にこぼしたら、思いっきり呆れ顔で、あの凶悪な顔見てよくそんなふうに思えるわね、と云われたけど)。
 一緒に肩を並べて歩いていると、手をつなぎたいなーとか思うけれど、城之内くんは両手をポケットにつっこんでいるし、なにより朝の通学路でそんなことができる度胸もないので実行できたことはない。新聞配達のバイトをしてる城之内くんは眠そうにときどき目をこすったりして、そういうときの顔は子どもっぽくてちょっとかわいいな、とボクはこっそり思っている。
 そういえば昨日じいちゃんが新しいゲームを仕入れてきたんだけどすごくおもしろそうなやつだったよ、へぇそりゃやりてぇなあ帰りにおまえんち行っていいか?うん、もちろん!みんなでやったらきっとたのしいと思うよ、とか今日の体育ってなんだったっけ、とかそんなことを話しながら歩いていくと、御伽くんや獏良くん、本田くん、杏子、そして朝ご飯を平らげて追いついてきたもうひとりのボクとも合流して、だんだん賑やかになっていく。
 そんな感じがボクらの日常で、賑やかなのもたのしいけれど、もうちょっと二人っきりになれたらな、とも思う。みんなことはもちろんだいすきだけれど、城之内くんは、まぁ、いわゆるトクベツってやつなので。だから城之内くんってボクのことほんとにすきなのかな、とときどき考えたりもする。だってすきだったら独占したいとか思うもんじゃないの?(すくなくともボクはそう思う) 折りよくボクとふたりっきりになってもあんまり態度が変わらないし、それにみんなと一緒にいるときのほうがよっぽどたのしそうにしている、と感じるのはボクの被害妄想だろうか。でもときどきこっそり手を繋いでくれたり、誰もいない教室で抱きしめられてキスされたり、そういうのがあるから、やっぱり城之内くんてボクのことちゃんとすきなんだよね、と実感できたりする。
 ・・・でもそれ以上を望んじゃうのっていけないことなんでしょうか、カミサマ。

 だからボクは頑張りました。自力で。(だって神様なんて当てにならない!)
 放課後、屋上の給水タンクの陰に横たわる城之内くんの隣りに脚を投げ出して座って、ぼんやりと下を眺めていたボクに城之内くんが、なあ、と声をかけた。ボクが振り返ると、城之内くんは、なぁどっか行きたいとこあるか、と云ったので(これってデートのお誘いかな!)とボクは喜んで答えた。―――ふたりきりになれるところに行きたいな。


 そうして、あれよあれよという間にボクらはラブホテルにいるわけです。ははは、なんか展開早すぎない? それにしても制服でよく入れたよなーと思う。まぁコート着てたし、城之内くんは学ランじゃなくてパーカーだったからかもしれないけど、見つかったら停学とかになっちゃうのかな。城之内くんがボクの手を引いて入ったところは無人だったから平気だったけど、誰か知ってるひとに見られてなきゃいいけどなーと思う。それにしても城之内くんはここが無人フロントだって知ってて来たのかたまたまなのかがすっごく気になる。知ってたなら、もしかして前に誰かと来たことあるんだろうかとかちょっと考えてしまう。だったらやだな。そんなことを考えながら、ボクは城之内くんに云われるまま、適当に部屋のパネルを指差す。電気がついているところが空室らしい。へえー。ボクが指差した部屋番号のボタンを押すと鍵が出てきて、それを持ってボクらはエレベーターでその階に向かった。
 考え事をしていた所為で、ほんとうに適当に指したんだけど、着いてみたら部屋中真っピンクでドアを開けた瞬間固まってしまった。それでも部屋をひょいと覗き込んだ城之内くんが、遊戯って意外と可愛い趣味してんのな、と感心したように云うので、ボクは力なく笑い返した。・・・いや、ぜんぜんボクの趣味じゃないんだけど。しかもドアプレートに「乙女の間」って書いてあるし。どういうセンスしてるんだろ。
 それでも生まれて初めて足を踏み入れたラブホテルが物珍しくてあたりを見回していると、城之内くんが繋いでいた手を離して、気になるんなら見てくれば、と笑って云うのに、うなずいてボクはスリッパに足をつっこんだ(ほんとはずっと手を繋いでてくれたほうがうれしかったんだけどな)。
 内装が少女趣味全開なところを除けば、普通のシティホテルとあんまり変わらないかもな、というのがボクの感想。あ、あとところどころに設置されたえろグッズとか、部屋の真ん中にでんと置かれたダブルベッドとかを見ると、あーやっぱりラブホテルなんだなあと思う。シャワーブースなんかはホテルのそれより広いかもしんない。湯船と別になってるし、ユニットバスじゃないし。さすが。なんで入浴剤があるのかはわかんないけど。しかも登別カルルス。乙女の間ならもうちょっとそれっぽくこだわれよ、とちょっと内心でつっこんだ。せめてバブルジェルとかさあ。
 トイレのドアノブまでピンクのキルトで覆われてるのを横目で見つつ、ベッドのところに戻ってくると、冷蔵庫の前で城之内くんがしゃがみこんでいた。
「なんか飲むか、遊戯? ビール、チューハイ、オレンジジュース、ウーロン茶、ミネラルウォーター」
「うーん・・・オレンジジュースちょうだい」
「あいよ」
 オレンジジュースとウーロン茶を手に城之内くんはボクの横に腰掛けた。そのまま無言でプルトップを開け、ふたりでそれに口をつける。思っていた以上に喉が渇いていたらしく、一度にだいぶ飲み干してしまった。やっぱり緊張してるんだろうなあ。そりゃ好きなひととラブホテルに来て、はじめて・・・するかもしれない状況にもなれば緊張もするよね。オレンジの甘ったるさが喉を焼いた。横目でちらりと城之内くんを見上げると、ちょうどこちらを向いた城之内くんと目が合って、反射的にボクの口から言葉が滑り出していた。
「・・・・・・する?」
 そう云った瞬間、城之内くんがブハーッと盛大にウーロン茶を吹き出したので、ボクは思わず悲鳴をあげてしまった。キャー!
「だっ、大丈夫!!?」
 あわててポケットからハンカチを取り出して、大丈夫だとむせながら首を振る城之内くんに無理矢理押し付ける。器官に入ったのか、ゲホゴホとくるしそうに咳き込む姿に、そんなに驚くことないじゃない、と唇をとがらせながら、濡れている口周りや手を拭いてあげる。城之内くんは黙ったままだ。腿にも水滴が跳ねているので、拭いてあげようと伸ばした手を城之内くんがぐっと掴んだ。驚いて見上げると、真剣な顔でボクを見つめる城之内くんと目が合った。
「・・・・・・・・・驚くに決まってんだろ」
 すこし掠れた大人っぽい声にどきりとする。
「・・・なんで驚くの?」
「なんでって・・・・・・」
 ボクの言葉に、城之内くんはぎゅっと眉をしかめて、ぐっとボクの手首をつかんだまま、ボクをベッドに押し倒した。仰向けに横たわるボクのうえに城之内くんが圧し掛かってくる。こわいくらい真剣な表情の城之内くんの顔が近付いてきて、ボクの唇に触れる。あんまりにも近距離なので、このうるさいほど鳴っている心臓の音が城之内くんに聞えちゃうんじゃないかとドキドキした。
「―――おまえ、無防備すぎるぜ」
 城之内くんがボクの耳元で囁くように云うのにぞくっとした。ボクの両手首を捕らえたまま、城之内くんはボクの首筋に唇を這わせた。ボクが思わず目を閉じると、片手の拘束が外され、シュルッと衣擦れの音と共に、制服のリボンが外されたのがわかった。そして城之内くんがボクのブラウスのボタンをうえからひとつひとつ外していく。おなかの辺りまで外されると、ひやりと冷気がボクの肌を撫ぜ、ちょっとからだが震えた。うっすらと目を開けると、城之内くんがごくりと息を呑んだのが見えた。
 ・・・そうマジマジと見られるとちょっとどころかものすごく恥ずかしいんだけど、とか、もっとかわいい下着つけてくればよかったかな、とか思ったけれども、口に出せるはずもない。城之内くんは黙ったまま、視線を落とすと、右手をボクのスカートのしたに潜らせ、太ももをそっと撫でた。その感触にボクは背筋がぞくぞくするのを感じる。城之内くんが触れたところが熱くて、思わず浅く吐息が漏れる。たぶんボクはいまとんでもない顔をしてるんだろうな、と恥ずかしくなって、自由になった腕で顔を隠すけれど、そんなボクに気付いた城之内くんは、ボクの顔の上の手をどけ、ボクの頬にまた唇を落とす。・・・ゆうぎ、と城之内くんが掠れた声で熱っぽく、ボクの名を囁く。うん、とボクも震えた声でこたえる。城之内くんが触れてくれるのはうれしい。ねぇ城之内くん、ボクのことすきなんだよね?ほんとは言葉で云ってほしいけど、それがいやなら態度で示してくれてもいいんだ。そうしたらボクはもっと自信がもてるから。城之内くんにちゃんと好かれてるのかなって、不安にならずにすむから。
 城之内くんの右手が、ボクの太ももをゆっくりと滑ってゆく。ボクの熱さとは正反対の手の冷たさにどきどきする。全身の感覚がいつもの100倍くらい鋭敏になったみたい。左手でボクの頬に触れ、城之内くんはボクにキスをする。いままで何度かした唇が触れ合うだけのそれじゃなくて、もっと息が詰まりそうにディープなやつ。合わせた唇の隙間を割って、城之内くんの舌がボクの口の中にはいってくる。歯の裏側を、どきどきして硬直するボクの舌を、絡めとり、舐めてゆく。息がくるしくなってきたところで、やっとキスは終わった。息苦しさと緊張と、いろいろな思いで潤んだ瞳でボクは城之内くんを見上げる。うれしい。くるしい。どきどきする。緊張する。心臓が破裂しそう。短い叫びが流星群みたいにボクの頭を駆け抜けていく。すきだよ、城之内くん。こころのなかで何度も唱える。すき。城之内くんがすき。
 ―――でも、やっぱりすごくこわかった。城之内くんの指先が動くたび、快感と恐怖がまぜこぜになって、ボクを震え上がらせる。うれしい。こわい。やめないで。やめて。正反対の言葉がボクのなかを駆け巡る。なにかに縋りたくて、ボクは指先の感覚がなくなるまで、ぎゅっとシーツを握る。城之内くんがまたボクの名前を呼んだ。ゆうぎ・・・。吐息がボクの素肌を撫ぜ、ボクはからだを震わせた。感覚の針が振り切れそうになる。思わず強く目を瞑ると、ボクに触れていた城之内くんの指先がぴたりと止まった。
「・・・・・・・・・?」
 おそるおそる目を開けると、城之内くんが苦しげな表情で眉を寄せていた。城之内くん・・・?声をかけようとすると、城之内くんはすっと上半身を起こして、ボクの上からどいた。唇がかすかに動いた気がして、ボクは城之内くんを見つめる。どさりと音を立てて、横たわるボクの隣りに腰を下ろした城之内くんは、立てた片膝に額をあてて俯く。
「・・・・・・ごめん、遊戯」
「・・・え?」
 城之内くんは顔をあげない。呆然とするボクをよそに城之内くんは、ごめん、と繰り返す。
「やっぱやめよう」
 できねぇよ、こんな・・・・・・。城之内くんの言葉にボクは打ちのめされる。なんで?なんでそんなこと云うの?やっぱりボクのこと好きじゃない?それとも実際にボクのからだを見たら幻滅した?
 ねぇ、なんとか云ってよ城之内くん。
 どうしようもなく泣きたかった。城之内くんに拒絶された。胸がものすごく痛い。ズキズキする。泣きたいと思うのに、頭の中が真っ白に焼き切れてしまったようになにもできない。痛み以外なにも感じられない。ねぇ、城之内くん、やっぱりボクのこと・・・・・・、
「・・・・・・遊戯ってさ、ほんとにおれと、やれる?」
 城之内くんがぽつりと呟いた。え、とボクは掠れた声を返す。
「このままおれとやって、遊戯、おまえ、ほんとうに後悔しないか?」
 もし雰囲気に流されちゃっただけとかだったら、いまだったらやめられるぜ?
 ぼそぼそと云う城之内くんにボクは瞠目する。
(・・・・・・・・・は?)
 なにそれ、どういう意味・・・? 頭の中がさっきとは違った意味で真っ白になる。冷たかった背筋をサーッと熱が駆け上ってゆく。なにそれ・・・なにそれなにそれなにそれッッ!!!!!
「・・・・じょ・・・・・・・・・・の・・・・・・か」
「え?」
 ボクが唇をわななかせると、城之内くんは目を瞬かせてボクの言葉を聞き取ろうと顔を寄せた。その襟首をぐいっとつかんで、渾身のちからで城之内くんのからだをベッドに落として、さっきまでとは逆にボクが城之内くんのおなかの上に馬乗りになった。
 驚いた表情でぽかんと口を開ける城之内くんの襟首をもう一度つかみなおす。城之内くんの・・・
「ッ城之内くんのばか―――――ッッ!!!!」
「ゆ・・・!!?」
 ボクが思いっきり叫ぶと、間近に耳を寄せていた城之内くんが面食らったように顔をしかめた。痛そうに耳をおさえるけれど、ボクはそんなこと無視して叫ぶ。
「城之内くんのばかばかばかばか!大ばか!信じられない!!ばかぁー!!!」
「おっ、おい遊戯・・・!」
 あわてたようにボクの肩に手を置いた城之内くんが、びくりとからだを揺らす。ボクはきゅっと唇を噛み締めて、精一杯のちからで城之内くんを睨む。あとからあとから涙が零れてきて、止まらない。かなしかった。ほんとうにかなしくてたまらなくて、死んでしまいたいくらい。もっと文句を云ってやりたい。困惑した表情の城之内くんの頬をひっぱたいてやりたい。そう思うけれど、言葉はぜんぶ涙に溶けてしまったみたいに喋れないし、からだにちからが入らなかった。ひっくひっくと嗚咽を漏らして泣き続けるボクの濡れた頬に城之内くんが手を伸ばす。
「・・・遊戯ィ・・・」
 城之内くんが迷子になった子どもみたいな頼りない声でボクの名を呼ぶ。
「なんで泣くんだよぉ・・・・・・」
 ほんとうにどうしたらいいのかわからない、というふうな城之内くんにいっそう泣きたくなった。理由なんて決まってる。城之内くんがあんなばかなこと云うからだ。城之内くんみたいなデリカシーのない男は絶対もてないよ。胸が張り裂けそうに痛い。城之内くんに拒絶されたのがさっきはかなしかったけれど、いま、いちばんつらいのは、城之内くんがボクのことを信じていなかったっていうことだ。
 城之内くんがくしゃくしゃといつもみたいに、ボクの頭を撫でる。頼むからそんなに泣かないでくれよ、おれ、遊戯にそんなふうに泣かれたらどうしたらいいのかわかんねぇよ・・・。泣きそうな声で城之内くんが呟く。泣くほど傷ついてるのは、こっちのほうなのにひどいよ。城之内くんにそんな顔をされたらボクのほうこそどうしたらいいのかわからない。だってボクは城之内くんのことがどうしようもないほど好きなんだもの。
「・・・ごめんな、やっぱいやだったのか?」
 城之内くんの言葉に首を振る。
「こわかった?」
 ちょっと迷ったけど、やっぱり首を振った。こわかったけど、平気だった。
「・・・・・・もうおれのこと嫌いになった?」
 首を振る。まだ涙の発作は止まらないけれど、滲んだ視界のまま城之内くんを見据える。
「きっ・・・きらいになん、て、なるはず、ない・・・」
 ボクが嗚咽交じりにそう云うと、城之内くんはあからさまにほっとした顔をした。
「・・・じゃあ、なんで泣いたんだ?」
 なんでわからないのさ、と唇を噛み締める。
「・・・・・・・・・城之内くんが、ボクのこと、信じない、で、ひどいこと、云うから、だよ」
「おれが?」
 うろたえたように、目を見開く城之内くんにこっくりと頷く。
 そっと目を閉じて、深呼吸をする。まだ目の端から涙が零れ落ちるけれど、発作を押さえ込んでボクは口を開く。途中で途切れたりしないで、ちゃんと城之内くんにボクの気持ちを伝えられるように。
「―――ボクは城之内くんのことが好きなんだ。ほんとうに、とっても好きで、だから、城之内くんならぜんぶあげてもいいって思った。だからキスだってしたし、ホテルまで来たんだ。これでもボクは女の子だし、は、初めてってほんとに大事なんだよ。でも、でも、城之内くんならいいやって。・・・ううん、ボクは城之内くんがよかったんだ。ボクの初めてのひとは城之内くんがいいって思った。だから・・・・・・」
「遊戯・・・・・・」
 でも、とボクは続ける。
「・・・でも城之内くんはボクの気持ちを信じてくれてなかったんだね」
 雰囲気に流されて、とか、そんなふうにこんなに大事なことゆるすはずないのに。そんなことくらいちゃんとわかってくれてると思ってたのに。
 だから、ボクはすごくかなしかった。
 云いながら、握り締めた手の上にぱたり、と涙が落ちた。城之内くんは何も云わなかった。部屋のなかを天使が通り過ぎたみたいに、シィンと静寂が満ちる。ボクがしゃくりあげる音だけが乙女な部屋に響き渡る。(ああ、なんてひどいコントラスト、)
 うつむいたボクの頬を辿り、顎を伝い、涙が城之内くんのシャツに落ちる。ひとつ、ふたつ、みっつ。泣きながらボクは自分の涙がつくる染みを数える。よっつ、いつつ、むっつ。城之内くんがボクを抱きしめた。いやいやをするように首を振ったけれど、城之内くんはぐいっと両腕でボクを引き寄せ、ボクは城之内くんのうえに倒れこんだ。
 ボクの頬に城之内くんの胸が触れる。あんまりにも強く抱きしめられるから、ちからを抜いて、からだを預けると、城之内くんの鼓動が聞えてきた。ドクドクドクドク、と早鐘のように打つそれはさっきまでのボクのリズムとそっくりだった。驚いて、城之内くんを見上げると、城之内くんは真っ赤な顔をしていた。
「〜〜〜ッ、これでわかっだろ! お、おれだってすっげー緊張してんだよ! おれは遊戯のことすっげー好きだし、エッチだってもんのすげーしたいし!さっきまでだってすげー興奮して、心臓バクバクで・・・」
「城之内くん・・・」
「・・・・・・だけどよ、やっぱり不安だったんだよ。目ェつぶって耐えてるみたいな遊戯見てたら、ほんとはいやなんじゃねーかとか、おれのことスキっつっても、それはダチとしてで、おれが気持ちを押し付けちまってるだけなんじゃねーのかとか、そういうの考えてたら、どうしたらいいかわかんなくなっちまって・・・・・・」
 ボクがじっと見つめていると、城之内くんは顔を天井に向けて、ぎゅっと目を閉じた。
「・・・おれ、ちゃんと遊戯が好きだぜ。すっげー好き。でもおれのは、こういうエロいこととかもしたいって思う好きなんだよ。ヒかねぇ? それにおれ、全然かっこよくねーし、がっついてて、ちょーダセェし・・・」
「城之内くんはかっこわるくなんかないよ!」
「遊戯・・・」
 ボクががばっと上半身を起こして云うと、城之内くんはびっくりしたように目を見開いた。
 城之内くんもゆっくりとからだを起こす。ボクは城之内くんの脚の間に座って、城之内くんの手を握る。
「城之内くんはかっこいいよ。いつも、いちばんかっこよくって、ボクにやさしくしてくれて、・・・教室で普通に本田くんとえっちなビデオの話とかしたりとか、わりとデリカシーなかったり、しょっちゅう怪我とかして心配させられたりとかもするけど、でも、そういうとこもぜんぶひっくるめて、やっぱりボクは城之内くんがすきなんだ。・・・・・・だから、城之内くんがしたいっていうなら、しても、いいよ」
 さっきはボクもきもちよかったもん。最後の言葉は恥ずかしくて、消え入りそうな声で呟いた。顔から火が出そうってこんな感じなんだろうな。顔が、熱い。ぎゅっと手を握り返されるけれども、顔をあげられなかった。ごめんな、と城之内くんの声。ごめんな遊戯。
 あやまらないで。あやまらないでよ城之内くん。だって、もし誰かが悪いとしたらそれはボクらふたりとも悪かったんだもん。お互いに、お互いの気持ちに自信がもてなくて、不安になって、それでも一緒にいたかった。そんなに好きならちゃんと云い合うべきだったのに。自分がどう思っているかをはっきりと。
「・・・なあ。顔、あげてくれよ」
 促がされて、ボクはのろのろと顔をあげる。鼻の奥がツンと痛んだ。涙の兆候。目の前に城之内くんの顔があった。真剣な表情にどきどきして、ああ、やっぱり好きだなあと思う。
「不安にさせてごめんな」
「ボクのほうこそ・・・ごめん」
 いいんだ。ボクらちょっと臆病だっただけなんだよね。
「どうしたらゆるしてくれる?」
 おれのことブン殴ってもいいんだぜ、と本気で云う城之内くんがらしすぎて、おかしかった。
「いいよ。ボク、暴力とかケンカとかだいっきらいだし。それに、ゆるすもゆるさないもないよ」
 ボクが云っても、いいやそれじゃあおれの気が済まねーんだ、と城之内くんは頑として受け入れない。なんでもいいんだぜ、校庭の銅像にヒゲの落書きしてこいとか、蝶野の顔面に水ぶっかけてこいとか、購買で1日10個しか売ってないデラックス焼きそばパン買って来いとか、なんでも。
 城之内くんがあんまりにも真剣な顔で迫るのに、ボクも困って眉を寄せた。
「ほんとに大丈夫だったら!」
「いや、こういうのはきっちり落とし前つけとかねぇとな! ほら、なんかひとつくらいはあんだろ?おれにさせたいことがさ」
「えええ〜・・・うーんほんとに思いつかないし・・・・・・あ」
 ボクのちいさな呟きを耳聡く聞きつけた城之内くんは、ほら云ってみろよ!と目を輝かせた。その勢いに押されて、うん・・・とボクは口を開く。
「あ、あのね・・・」
「うんうん」
「・・・・・・えっと、できたらでいいんだけど、」
「なんでも云えよ!」
 にこにこと笑ってボクの手を握る城之内くんに、ボクは顔を赤らめて、目を伏せる。
「・・・もういっかい、ちゃんとボクのこと、すきって云って・・・・・・・・・」
 ぴたっと城之内くんの動きが止まったので、ボクはあわてて首を振る。
「ややや、やっぱりいいよ! あの、あの、でもボクまだ付き合ってくれーとか云われたことなかったなって思って、だから、やっぱり、そういうの言葉でちゃんと云ってもらえたら、うれしい・・・し・・・・・・そしたら、自信持って『ボクは城之内くんの彼女です』って云えるかなって・・・・・・・・・」
 しどろもどろになりながら云うと、城之内くんは、すこし黙ったあとに「・・・わかった」と頷いた。
 その言葉にびっくりして顔をあげると、城之内くんは云いづらそうに、天井あたりに視線をはしらせたあと、ボクの両肩をぐっとつかんだ。
「・・・・・・おれは、遊戯が好きだ」
「・・・うん、ボクも城之内くんのことが好きだよ」
「ほんとにすっげー好きなんだぜ。どのくらいかっていうと・・・」
 えーっと、と考え込んだ素振りを見せたあと、城之内くんは、コホン、と咳払いをして真剣な表情でこう云った。
「・・・・・・夜空にかがやく星の数ほど、おまえを愛してるぜ」
 だからおれと付き合ってください。
 そう云ってボクを抱きしめる城之内くんの背に手を回しながら、ボクは思いっきり笑った。笑うなよ、おれだってすげーはずかしいんだからさ、と照れたようにぶっきらぼうな声を出す城之内くんに、違うよ、と笑いながら首を振った。城之内くんの肩口に顔をうずめながら、ボクも答える。
「すっごく、うれしいよ」
 ありがとう、城之内くん。こんなボクだけど、よかったら、改めてキミの彼女にしてください。
「・・・もういやだっつっても放せねーからな」
「ボクだって」
 キスをして、またちょっといい雰囲気になったけれど、それ以上なにもしなかった。
「もうちょっとちゃんとデートとか、カップルっぽいことしてからにしようぜ」
 すっごく残念だ、とデカデカと顔に書いている城之内くんがそう云うので、ボクも、うん、と頷いた。すこしずつ段階を踏まないと、ボクも心臓破裂しちゃいそうだしね。
 部屋を出る前に、靴を履きかえる城之内くんの服の裾をつかんで、また来ようね、と小声で云うと、城之内くんは振り返って、ぎゅうっとボクを抱きしめてくれた。
「絶対、な」
「うん」
 小指をからませて指きりげんまんなんてすると、まるでちいさい子どもみたいでおかしかった。している内容はとんでもないのにね。

 辺りを見回して、人気のないのを確認してから、ふたりで手を繋いでホテルから逃げるように駆け出した。裏路地を抜け、人通りの多い商店街のあたりまで来ても、なんだかハイになってしまい、そのまま笑いながら走り続けた。ときどきつまづいて転びそうになるボクを城之内くんが手を引いて、たすけてくれたり、そのたびにふたりで目を合わせて笑い声をあげた。周りの人が、いったい何事だというふうに見てきたけれど、ボクらはそんなこと気にせずに走り続けた。走りながら空を見上げると、もう一番星が瞬いていた。
 ぜえはあと息を切らせて飛び込んだ公園のベンチに、倒れこむように腰掛けた。お互いにはげしく肩を上下させて、荒い息をつく。ばっかみたいだ。肺はキリキリと痛むし、足はがくがくだし、コートのしたは汗だくだし、髪もたぶん風でぐしゃぐしゃだし。
「っもー最悪ッ!!」
 ボクが笑いながら云うと、城之内くんも笑って云う。
「おれらなんでこんなに必死になって走ってるんだろーな」
 さあね!とボクは答えて、繋いだ手をぎゅっと握り直した。汗でじっとりとしてるけど、放したいとは思わなかった。
 城之内くんと一緒なら世界の果てまで走っていけそうな気がするよ。そう云うと、城之内くんは、ニィッと笑って頷いた。おれも遊戯と一緒なら何処までだって行けると思うぜ!
 疲れたらおぶってやるから遠慮なく云えよ、とへたくそなウインクをしてみせる城之内くんにボクは笑ってみせる。ありがとう、城之内くん。
 ボクらは笑いながら何度もキスをした。唇が触れ合うだけのから、今日初めてした“大人のキス”までいろいろ。息もやっと整ってきたあたりで、城之内くんのおなかがグーッと自己主張して、お互い顔を見合わせて、大声で笑った。もう、コントじゃないんだからさ!
「どっか飯食いにいこーぜ。なにがいい?」
「えーっとねぇ、やっぱあれかなあ」
「当ててやろうか?」
 城之内くんがにんまりと笑いながら云うのに、いいよ、と笑い、せーのっ、と一緒に叫んだ。
「「バーガーキング!!」」
 ぴったりと揃った声に、額をつき合わせて二人で笑った。
「ぜってー云うと思った・・・! あー予想通りすぎて腹いて〜」
「だ、だってすきなんだもん! それに季節限定の新商品出たばっかなんだよ!」
 へえ、と笑いすぎて涙の滲んだ目じりを拭いながら、城之内くんはベンチから立ち上がった。
「じゃあそれ食いにいこーぜ!」
「うん!」
 城之内くんに手をひかれて、ボクもベンチから跳ね降りた。

「・・・あっ、そういえば明日数学小テストじゃない?」
「うげーおれいまやってるとこぜんっぜん意味わかんねーよ・・・」
「ボクもさっぱりわかんないよ〜・・・補講になったら一緒にがんばろーね」
「おれたちってやっぱ補講になること前提なわけ? レベルひっくいな〜」
「だっていまから勉強したって明日までに理解できるとは思えないんだもん」
「まあそれもそうだなー」
 そんなくだらないことをだらだらと笑って話ながら食べたハンバーガーは、いままでの人生でいちばんおいしいハンバーガーだった。


     *     *     *


 城之内くんに手を振って(わざわざ遠回りして、城之内くんは家の前まで送ってくれた)家の門をくぐったときには、もうすっかり暗くなってしまっていた。最近はもう陽がだいぶ短い。
 ただいま〜と云いながら、玄関の扉を開けると、ぱたぱたとママがスリッパの音を響かせてやってきた。
「おかえり、遊戯。遅かったのね」
「うん、ちょっとね。・・・あれ、ママどっか行くの?」
 すっかりおめかししているママの姿に訊ねると、いやね忘れてたの、と呆れ声が返ってくる。
「今日はあなたのクラスの父母会でママ夜は出かけるって云っておいたでしょ」
「・・・あ〜そういえば」
 まったくもう遊戯はいつまでたってもぼんやりしてるんだから、とお小言が始まりそうになったので、ボクはあわてて靴を脱いで、家にあがった。
「ほ、ほらママ、早く行かないと!時間大丈夫なの?」
「あらいやだ、もうこんな時間。じゃあママ行って来るから、ちゃんと戸締りしてね」
「うん、わかったよ」
「二人でちゃんと留守番してるのよ」
 小学生じゃないんだから大丈夫だよ、と苦笑しながら頷く。ママが外に出るのを見送ってから、くるりと玄関に背を向けると、壁に背を預け、不機嫌そうに腕組みをしたもうひとりのボクがそこにいた。あーあ見つかっちゃった。
「・・・・・・こんな時間までふらふらしてるなんて感心できないぜ、相棒」
 そのぶっきらぼうな口調と態度にボクは笑う。
「キミってまるでボクのパパみたいだね。それにまだ七時じゃない」
「“もう”七時、だぜ! いったい何処に行ってたんだ? メールしても返事はないし・・・」
 眉をしかめて唇をとがらせるのに、えっ、と云いながらあわてて鞄から携帯電話を取り出す。画面を開くと、『新着メールが 3件あります』の文字。送り先は全員おなじ、目の前の弟君から、いま何処にいるんだ何してるんだのオンパレード。
「ごめん、メールいま見たよ」
 鞄の中に入れっぱなしだったから気付かなかったみたい。そう云うと、はあ、ともうひとりのボクは肩を落として溜め息を吐いた。
「そんなことじゃないかと思ってたぜ・・・」
「えへへ、ごめんね〜」
 軽く謝って、自室に向かおうと階段を登るボクに、もうひとりのボクが声をかける。
「相棒、飯は?」
「あー食べてきちゃったからいいや。ありがと」
 予想外だったのか、その言葉に彼は目をぱちくりと瞬かせた。
「・・・誰と?」
 一気に不機嫌そうな声になるのもなんとなく予想済みだった。もうひとりのボクは、仲間はずれにされるのがほんとにいやらしい。ボクが誰かと出かけるときも(特に男の子が一緒にいる場合なんかは)すぐについてこようとするくらい。いい加減このシスコンも直してくれないと困るよなあ、と思いながら口を開く。
 安心していいよキミもよく知ってる城之内くんだから。そう云おうと思ったけど、ちょっと悩んでやめた。急に黙り込んだボクにもうひとりのボクは不審気な声を出す。・・・相棒?
 眉を寄せたままの弟に、ボクはにこっと笑ってこう云った。
「―――彼氏とッ!!」
 そのときのもうひとりのボクの顔は見ものだった。できたら写メって杏子とかに見せてあげたいくらい。そんな顔したら、みんなのあこがれ・カッコイイ武藤くんのイメージが台無しだよ、もうひとりのボク。
「な・・・ッ!あ、相棒!!? それってどういうことなんだ!!!? おいッ!!!!!」
 困惑した叫びを背に受けながら、ボクは階段を駆け上って、自分の部屋に飛び込んだ。けらけらと笑いの発作が止まらない。あーあ、云っちゃった!
 追いついてきたもうひとりのボクが、どんどんと部屋のドアをたたく。相棒!かかか彼氏ってどういうことだ!?なぁ、ちょっ・・・きちんと話せよ!!
 焦りまくった声にボクは笑いを爆発させる。笑いを噛み殺しながら、後ろ手で鍵を閉めて、ハンガーを取りにいく。
「そのまんまの意味だよ。彼氏とご飯食べてたの!」
 扉の向こうでもうひとりのボクが絶句したのが伝わってきた。ボクは鞄をベッドに放り出すと、コートとブレザーを脱いで、ハンガーにかけた。制服のリボンも外して、机の上に置いた。
「彼氏って誰のことだよ!」
 おれはそんなの認めないからな!!とぎゃんぎゃん騒ぐ弟に苦笑する。キミってば男前なのにそういうとこ小さい頃からちっとも変わってないよね。
「えーどうしよっかなー教えてほしい?」
「相棒!!」
 ボクがふざけ半分の声を出すと、業を煮やしたらしいもうひとりのボクは扉を叩いていた手をとめた。鍵を開ける気だな、と悟ったボクは先手を打つ(部屋の鍵はボクらが生まれたときからそのままのちゃっちぃやつなので、開けようと思えばヘアピン一本で簡単に開けられる)。
「ボクいま着替え中だから、開けたらもう口きいてあげないからね!」
 ぐっと詰まった声がして、ボクは自分の予想が的中したのを感じる。やーっぱり開けようとしてたんだな。スカートを脱いで、部屋着のズボンを手に取る。ベッドに腰掛けてそれに足を通すと、消え入りそうな声で「・・・相手は誰なんだ」ともうひとりのボクが云う。その意気消沈した様子にちょっとからかいすぎちゃったかな、とすこし反省した。
「・・・云っても怒らない?」
「ああ」
「そのひとのところに殴り込んだり、償いの時間だぜ!とか云ってなにかやらかしたりしない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・しない」
 頼りない返事だなあ、と苦笑しながら、ブラウスを脱いで、Tシャツをかぶった。もうひとりのボクは黙ってじっとボクの返事を待っている。
「・・・・・・・・・城之内くん、だよ」
 城之内くん!?ともうひとりのボクが愕然とした声をあげる。もう、そんなに驚かなくってもいいじゃない。
「ちゃんと告白もされたんだから」
 だからもう邪魔しないでよね、と暗に含めて云ったつもりだったけれど、伝わってないんだろうなあ。着替え終わり、ドアを開けると、ぴったりと扉に顔をつけていたらしいもうひとりのボクにガンッ、と音を立ててドアがぶつかった。わっ痛そうな音! 大丈夫?と声をかけようとするけれど、赤くなった額にまったく気付かないかのように、もうひとりのボクはあわててボクに詰め寄ってくる。
「い、いつ!? 何処でだ相棒!!?」
 それをボクはくすくす笑いながらかわし、階段をリズムよく降りてゆく。
「・・・さぁて、いつ何処でだろうね」
「相棒!!」
 さあてこれから訪れるであろう質問の嵐をどうやってかわそうかな、と思いながらボクはリビングに向かった。後ろから「ちゃんと質問に答えてくれよ、相棒!」と叫びながら追いかけてくる弟に、なんて説明すればいいんだろうか。だって―――

(・・・今日の放課後にラブホテルで、だなんて云ったら、キミ、泣いちゃわないかな?)

 そればっかりは、ちょっと心配。



書いても書いても終わらなくてどうしようかと思いました。スクロールバー短っ!
これ・・・1万5千字軽く超えてるんだぜ・・・。この気力をどうしてレポートに費やせないのかと小一時間(ry
推敲するのも一苦労なので今からgkbrしています。もう疲れたよパトラッシュ・・・
萌えをガンガン詰め込んでいったらこんなことになってしまったわけですが、まぁすごくたのしかったです。詰め込みすぎた感は否めませんが!(笑)
実は城之内くん視点も書きたいなーとか思いつつ、いろいろ伏線?を張っていたりはしてあるんですが、で、できるのかなあ・・・
気になったら応援のメッセージとかお願いします(笑)
2007.09.23