Frustration under the clock tower

 時計台下、すれ違い




 ジャックに頬を張られた。
 息を呑む間もないほど唐突に、バシンとおれの耳元で激しい音が鳴り、あとからじわじわと痛みと熱がやってきた。おれはぽかんと口をあけた間抜け面でジャックを見上げていた。頬を抑えることもせずにただ呆然と立ち竦むおれをジャックは射抜くような険しい視線で睨みつけ、何事かを吐き捨てるとくるりと背を向けて雑踏の中へと足早に去っていってしまった。
 おれは広場の、時計台の下でひとり取り残され、ひそひそ声と好奇心丸出しの視線に晒される羽目になった。まるで嵐のようだった。
 なんでジャックはおれを叩いたんだろうと思いながらおれは頬に手を当てる。熱い。じんじんと痺れるように熱を持っていた。きっと赤くなっているだろう。
 円柱に背を凭れかけ、おれは空を仰いだ。雲ひとつない青空。太陽がカチリとおれの目を灼いた。
 だけれども、きっとおれが悪いのだ。いつだってそうだ。おれはすぐにジャックを怒らせてしまう。最初はジャックも笑っていて機嫌がよさそうだったのに、急に怒り出すことはいままでだってよくあった。気をつけようと思うのに繰り返してしまうのは、きっとおれの考えが足りないせいなのだろう。おれは特別なことを云ったつもりはないのに、おれの言葉や行動のなにかがジャックの逆鱗に触れてしまう。おれは自分のどういうところがジャックを怒らせるのかがいつもわからなくて、だから何度もジャックを怒らせてしまう。ジャックと喧嘩したくなんてないのに。
 ジャックと喧嘩すると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛くなる。喧嘩といってもジャックがおれに罵声を浴びせかけ、手をあげるというだけの一方的なものなのだが。
 おれはシャツの胸元を握り締め、はあと溜め息を吐いた。
 さっきおれを見つけて笑いかけてきたジャックの顔を思い出す。機嫌よく声をかけられ、ジャックも雑踏のなかにおれを見つけてうれしそうだと思ったのに。
 おれを叩いたあとのジャックの瞳に、傷ついたような色が浮かんだように見えたのはおれの気のせいだったのだろうか。もしかするとただおれの顔がジャックの瞳の中に映りこんだだけなのかもしれない。
 どうしてうまくいかないんだろう、と思う。昔はこんなふうじゃなかったのに。そう思うとどうしようもなくかなしかった。おれの気持ちが肩を寄せて笑いあっていた、あの頃とちっとも変わっていないのなら、変わったのはジャックなのだろうか? それとも気づかないだけでおれも変わっているのか? 時間が経つにつれ、だんだん見えないものが多くなってくる。昔は手に取るように伝わってきたジャックのほんとうの気持ちも、いまのおれにはちっともわからなかった。
 目を瞑っても、目蓋の裏に浮かぶのは眉間にしわを寄せた不機嫌そうな顔だけだ。

「待たせて悪いな遊星!・・・・・・って、うわっ!どうしたんだよその顔!すげえ赤くなってんぞ」
 驚いたような声におれが目を開けると、青山が心配そうにおれを覗き込んでいた。遅くなってごめん、と重ねて謝る青山に首を振る。気にするな、と答えようと口を開くと、ピリッと唇に痛みが走った。眉をしかめて、手をやると指先に赤が滲んだ。さっきジャックに叩かれたときに唇の端を切ったらしかった。
「遊星、大丈夫か・・・?」
 青山がそっとおれの頬に手を伸ばす。ひやりとした指先が心地良く、おれは溜め息を漏らした。
「・・・友だちに会って」
「うん」
「偶然だな、なにか食いに行かないかって誘われて」
 頷きながら青山が親指でおれの口端の血をぬぐう。悪いと謝ると青山は笑って首を振った。
「でも、ひとと待ち合わせをしてるからだめだ、って断ったんだ」
「・・・それで?」
「そしたら・・・」遊星はそっと頬に手を触れさせた。「そいつがそんなに大事なのかって云われたから、そうだと云ったら・・・・・・」
 遊星の台詞に青山は呆れた顔をした。
「・・・・・・遊星、それって付き合ってる子?」
「え? いや、付き合ってるっていうか最近はあんまりつるまないけれど・・・・・・けど仲はいちばんいい、とおもう」
 ぼそぼそと歯切れ悪く喋る遊星に肩を竦め、青山は頭を掻いた。こいつ頭いいくせにこういうのにとことんにぶいんだよなあ。青山の“付き合う”という意味すらどうも違うニュアンスでとらえている節がある。遊びに付き合ってくれ!とかそういうんじゃないんだってば。
「・・・あのさ、大事な子にさあ、『そいつがそんなに大事なの!』なんて云われてなんで、そのまま『うん』とか云っちゃうんだよ」
「? だって、大事な用事だろう。青山の知り合いのひとのところに廃材をまわしてもらえるように頼みに行かなくちゃ課題は完成しないし・・・・・・・・・どうしたんだ?」
 がっくりと肩を落とす青山に、遊星は小首をかしげた。
「あーそういうことね・・・」
 超がつくほど鈍感な遊星は相手の質問の意味を『その用事がそんなに大事なのか』というふうに取り違えたのだろう。青山は頬を真っ赤に腫らせて困った顔をする友人に向かって溜め息を吐いた。
(・・・普通そこは『その待ち合わせ相手はアタシよりも大事な相手なの!』って意味だってわかるだろうよ!!)
 おいどうかしたのか具合でもわるいのか、と心配そうに声をかけてくる遊星にちからなく笑みを返しながら青山はそっと心中で呟いた。このことを教えてやったほうがいいのかそれとも自分で気づくまで放っておいてやったほうがいいのか。すこし迷ったが、青山は黙っておくことにした。こういうのは自分で気づかなくっちゃ意味がないものだしな。
 そう、それが青春!それが恋愛というものなのだから!
 ひとの色恋沙汰が何よりも好きな青山はニヤリと笑って、手を振った。
「おれは大丈夫。それよりさっさとその頬冷やしに行こうぜ。はやくしないと腫れが長引くぞ」
 さあさあ!と困惑顔の遊星の背を押し、青山はコンビニに向かった。この用事が済んだら、一体遊星の恋のお相手はどんな子なのかこっそり聞きだしてやろうと思いながら。




初めての青山(笑) すごく・・・偽者の予感がします・・・・・・orz
青山は不動さんのお相手は普通におんなのこだと思ってます(笑)
遊星→ジャック:親友
ジャック→遊星:恋愛感情
とかそういう感じだと思います・・・ジャックは自覚があるのかないのか!
認識の違いで、すれ違ってぐるぐるしてるauって萌えます・・・
2008.06.26