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Good Night,  
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 グッナイ、ダーリン <1>






「―――海馬くん、ボクに用ってなに?」
 コンコン、と軽くドアをノックしながら遊戯がひょこりと社長室に顔を覗かせたのに海馬は溜め息を吐いた。云いながら扉を開けたんではノックの意味がないだろう、と云っても遊戯は軽く首を竦めるのみだ。
「開けたらまずいことでもあった?」
「・・・ないな」
 海馬が書類を机に放りながら云うと、ならいいじゃない、と遊戯は明るく笑った。
 絨毯張りの社長室におそるおそる足を踏み入れていると、さっさと来い、と手招きをされ、遊戯はあわててデスクに駆け寄った。
「おまえこのあとの予定は?」
「このあと? えーともう頼まれてたプレイテスト大体終わったし、あとは最後の微調整とレポート書くだけだしーそれくらいかな」
 遊戯は海馬に頼まれて新作ゲームのプレイテストに参加するため、学校帰りにKC本社ビルに寄っていたのだった。ディスプレイを見続けて目が疲れたのだろう、遊戯は指で目を擦りながら、ああ、と思い出したように付け加えた。
「あと今日はうちひとりだからどっかで御飯食べるか買うかして帰らないと」
「ひとり?」
 眉を寄せた海馬に、うん、と遊戯は頷いた。
「今日はママは同窓会で、じいちゃんも町内会の集まりに行っちゃってるから」
 遊戯が云うと、そうか、と海馬は鷹揚に頷いた。海馬くんどうかしたの?と首を傾げる遊戯に、海馬は二本指を突きつけた。・・・Vサイン?だなんて小ボケをかます遊戯をさくっと無視して海馬は口を開いた。
「このあとの二時間をおれによこせ」
「二時間?」
「ああそうだ。そのあと飯でも奢ってやろう。何でもおまえの好きなものでいい」
「えっほんと!?」
 海馬の提示した条件に遊戯はぱあっと顔をかがやかせた。
「あのねー!実は昨日発売の新商品がね!」
「・・・待て、ハンバーガーはなしだぞ」
 眉を顰めて海馬が云うと、遊戯は途端にがっかりした顔をした。その表情に海馬は自分の予想が的中したことを知って、溜め息を吐いた。
「せっかく奢ってやるというのだからもっと高いものを頼んだらどうなんだ」
「・・・だってすきなんだもん。そうだよ! なんでもボクの好きなものでいいって云ったじゃん!」
「ファストフードは却下だ。あんなもの夜に喰ったら胸焼けがするわ」
 フンと鼻を鳴らす海馬に、遊戯はハンバーガーのよさがわからないなんて信じられないなんてぶつぶつ呟きながら唇をとがらせていたが、すこしなにかを考え込むような素振りを見せたあとニコリと笑った。
「じゃあ海馬くんの好きなものでいいよ」
「・・・おれの好きなもの?」
「そ。海馬くんの好物ってなんなの?そういえば知らないなーと思って。カレーとか?あ、実はオムライス。はたまたチーズドリア、スパゲッティ、焼肉。ね、なに?」
 指折り数えながら子どもっぽいものばかりうれしそうにあげていく遊戯に海馬は呆れた。それはおまえの好物なんじゃないのか、と思ったが溜め息を吐くだけに留めておいた。
 遊戯に、海馬くんはなにがすきなの?と真っ直ぐな瞳で聞かれて海馬はすこし戸惑っていた。それまでも好物を聞かれたことがあったが、それは海馬を懐柔するための手段として聞かれたに過ぎなかった。だが遊戯はそんなこと微塵も考えもしていないのだろう。海馬はそれまでのように用意していた嘘を吐こうか一瞬迷ったが、素直に白状することにした。海馬にとって遊戯は今更取り繕う相手でもなかったからだ。
「牛フィレ肉フォアグラソース」
 海馬の答えに遊戯は呆気にとられたようにぽかんと口を開けたものの、次第にけらけらと笑い始めた。その反応にムッと唇をつぐんだ海馬に気付くと笑いながら、馬鹿にしてるんじゃないよ、と首を振る。
「いやなんかさ、うん、でもらしいなーって感じするよ。それっておいしいの?」
「まあな」
「ふーんボクも食べてみたいなあ。・・・いい?」
「おまえがそれでいいんなら構わん。屋敷に連絡して準備させよう」
「え、海馬くんの家で食べられるの!?」
 驚いたように目を瞬かせる遊戯を尻目に海馬はパソコンに向かって何事か操作しながらこともなげに頷いてみせた。
「うちのシェフは優秀だからな」
「ああ海馬くんちの御飯おいしいもんねー。こないだご馳走になったのもすごいおいしかったし。アレなんだっけ、えーと・・・魚介類がいっぱい乗っててー黄色い・・・」
「・・・・・・パエリアだろう」
「そうそう、それそれ!」
 呆れ顔の海馬の指摘に、遊戯はぱあっと顔を明るくした。
「・・・そんなに食いたければそれも用意するように云ってやる」
「わ、ほんと? やったーありがと海馬くん」
 うれしそうに手を叩いて見せる遊戯に、海馬はフン、と鼻を鳴らした。
「おまえが来るとモクバも喜ぶからな」
「あっモクバくんも一緒に食べられるの?」
 ひさしぶりだなーモクバくん元気にしてたかな、とにこにこと笑顔を浮かべる遊戯を横目で見遣りながら、海馬はパソコンで屋敷に連絡のメールを送信しおえ、やっと画面から顔をあげた。
「・・・なら交渉成立だな」
「うん、何するの? あ、またデュエルマシーンとテストデュエル?」
「・・・おまえのデータは特別すぎてあまり当てにならん」
 強すぎるんだ、と云われた言葉に遊戯はアハハと照れくさそうに頭をかいた。
「つい、ねぇ。だってデュエルで手を抜くなんてできないしさ」
「決闘者なら当然のことだ」
 憮然として云う海馬に、遊戯はうれしそうに頷いた。
「そうだよね。・・・あれ、じゃあボクになにをさせたいの?」
 海馬はすっくと立ち上がると、首を傾げる遊戯の手首を掴み、ずかずかと歩き出した。引っ張られるように遊戯もあわてて海馬の後を追う。
 なかば引き摺られる形で遊戯が連れて行かれたのは社長室の隣りのコネクティングルームだった。初めて入る場所にきょろきょろとする遊戯を放り投げるように海馬は真ん中に据えられたソファに座らせた。体重の軽い遊戯がふかふかのソファのうえで跳ねるのを尻目に何処からかいつものアタッシュケースと何冊かの雑誌を持ってきて、遊戯の前のテーブルに置いた。
「・・・・・・これなに?」
「ケースには来週発売予定のカードと現在使用可能なカードの一覧表が入っている。それでデッキを組んでおけ」
「デッキを?」
 目を瞬かせる遊戯に、そうだ、と頷きながら、海馬も遊戯の座るソファに腰を下ろした。
「来週の日曜にそのパックの発売イベントが行なわれる。おまえにはそこでデモンストレーションデュエルをしてもらいたい」
「ああ、なるほど。・・・40枚全部この中から取ったほうがいいの?」
「いや・・・・・・そうだな、三分の一くらい使えばいい。それまでのカードとの連携を見せたいからな」
「ん、わかった」 うなずいて、遊戯は机上に詰まれたデュエル雑誌を指差した。「こっちは?」
 ああそれは・・・と云いかけて海馬はちいさく欠伸をした。ぎゅっと目頭を押さえる仕草に遊戯は眉をひそめた。海馬は遊戯からすこし離れた位置に座っていたので身を乗り出すように声をかける。
「・・・大丈夫? もっとこっちに寄りかかれば?座りづらくない?」
 問題ない、と首を振る海馬に遊戯は顔を曇らせた。海馬は二言目にはそればっかりなのだ。いくら遊戯やモクバが口をすっぱくして心配しても、素知らぬ顔でかわされてしまう。今日こそは一言云ってやらなくちゃ、と「あのねえ海馬くん・・・」と口を開いた遊戯の唇に海馬の長い指が押し付けられる。
 驚いて海馬を見返すと、平然とした顔で海馬は指を離した。
「・・・雑誌はひまになったら読めばいい」
「ひま・・・?」
 言葉の意味がわからず首を傾げる遊戯に海馬は、ああ、と頷いた。
「遊戯、両手をあげろ」
「は、両手?」
「いいから」
「う、うん・・・」
 唐突な言葉に面食らいながらも遊戯が座ったまま万歳の姿勢を取ると、海馬は満足そうに頷いたあと、ソファにごろんと横になった。いくら広いと云ってもあくまでソファなので、必然的に海馬の頭は遊戯の膝の上にくることになる。要するに、ひざまくらだ。
「かかか海馬くん!!?」
 動揺してわたわたと手を動かす遊戯をよそに、海馬はもぞもぞと何度か動いたあとちょうどいい体勢を見つけたのか溜め息を吐いて目を閉じた。
「・・・・・・おれはしばらく仮眠を取る。2時間経ったら起こせ」
 遊戯は呆気に取られて海馬を見つめていたものの、あきれたように笑顔を浮かべた。
「・・・2時間ってこういうことね」
 このカードや雑誌はその間遊戯が暇にならないようにという海馬なりの配慮なのだろう。だがそれにしても・・・・・・
「・・・海馬くん、ボクの膝なんかで寝辛くないの?」
 くすくす笑い紛れにそう小声で聞くと、瞳を閉じたまま海馬も答える。
「・・・・・・・・・わるくは、ない・・・・・・」
 眠気の滲んだ声音に、よっぽど疲れていたんだろうなと思って遊戯は口をつぐんだ。一筋乱れた海馬の前髪を直そうと、そっと手を伸ばすと、海馬はわずかに眉をしかめたが目は開けなかった。海馬の頭が載った左足からじわじわと海馬の体温が伝わってきて、なんだか胸の奥がくすぐったい気分になり、同時にふと疑問が浮かび上がってきた。
「・・・こういうのよくするの?」
 磯野の膝を借りて眠る海馬を想像して一瞬吹き出しそうになったが、まさか海馬に限ってそんなこともないだろう。想像できるのは・・・と遊戯が思い浮かべたのは、先程地下で新作ゲーム試作を手伝っていた遊戯を呼びに来た女性社員だった。背筋のピンと伸びたきれいなひとで、あのひとの膝枕ならぐっすり眠れそうだけどなーだなんて遊戯はこっそり考えたのだが、海馬は不機嫌そうに「そんなわけあるか」とばっさり切り捨てた。
「第一・・・」と海馬はしかめ面をしてみせた。「おれは、人前で不用意に眠ったりせん」
「・・・でも、いまボクの前で寝てるじゃない」
 きょとんとして遊戯が云うと、海馬は・・・フン、と鼻を鳴らした。そして、ふわ、と欠伸をして、またうとうとと目を閉じる。しんと静寂が落ち、もう寝ちゃったのかな?と遊戯はそうっとカードに手を伸ばそうとしたが、かすかな声が聞こえ、ぴたりと動きを止めた。
「・・・・・・・・・おまえと・・・・・・モクバだけは別だ・・・」
 眠りに落ちる寸前の蕩けた声で海馬は呟いたあと、よほど疲れていたんだろうか、すぐに穏やかな寝息を立て始め、遊戯はちいさく笑った。寝つきいいなあ。そのあとの言葉をしばらく待ってみたが、今度こそほんとうに深い眠りに落ちたようだった。呼気でゆるやかに肩が揺れている。
 ・・・それにしても、と遊戯は先程の海馬の台詞を反芻した。あれは、相当こころをゆるされてると取っていいんだろうか。存外穏やかな寝顔をそっと覗き込みながら、遊戯は胸の奥がじわりとあたたかくなるのを感じた。なんだかあんまりひとに懐かない動物に懐かれたみたい、と云ったら海馬は怒るだろうかだなんて思いながら。
「・・・ふぅん」と遊戯は誰にともなく吐息混じりに囁いた。「・・・そうなんだ」
 なんだかちょっとうれしいな、と呟いた言葉は目を閉じた海馬の耳にも届いただろうか。



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信じてもらえないかもしれませんが、実はこれ相棒お誕生日のために書いてたんだぜ・・・
長くなって、時間軸的にも分かれてたので分割してみました。
これは王様帰還後で、相棒はまだ高校生な設定です。いちおう・・・(笑)
「相棒の前でだけくつろげる社長」って萌えますよね!というネタから発展した話でした。
もちろんモクバの前もそうなんですけど、やっぱりモクバの前では“兄”であるわけなので、
弱ってるところをあんまり見せたくないんじゃないかなーとか。そうするとやっぱり相棒の出番なわけですよ!(笑)
・・・と、そんな夢と希望と妄想を詰め込んでみました。あと2編お付き合いくだされば幸いです。
2008.06.10(武藤の日!笑)