*・゜゚・*:.。..。.:*・゚*
Good Night,  
.。.:*゚・.・゜ Darling*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・:*

 グッナイ、ダーリン <3>






「遊戯こっちに来い」
 と海馬に手招きされて遊戯は読みかけの本から顔をあげ、苦笑した。
「またぁ?」
 そう云いながらも、遊戯はあまり困っていなさそうな様子で本を置き、伸びをしながらソファから立ち上がった。眉を寄せて指先でぎゅっと目頭を押さえる海馬の傍に寄り、その手をそっと留める。
「ああ、そんなに強くこすっちゃだめだよ」
「・・・フン」
 まるで母親然とした調子で、諭すように云う遊戯に、また海馬は不機嫌そうに顔をしかめる。
「そろそろ休憩しなよ・・・っていうかもう寝たほうがよくない?」
 うわっもう三時じゃん、と遊戯は時計を見上げて驚いた声をあげた。
「今日はもう寝なきゃダメだよ。疲れた頭でやっても効果あがんないしさ。ね?」
 無意識なのだろう、遊戯は小首を傾げながら云う。もっと年相応に見られたいとかぶつくさ文句を云っているわりには、遊戯には所作がどうにも幼いところがあった。自分でも気付いていないほど、癖になっているのかもしれない。もう二十をとうに過ぎた年齢だというのに、こんな仕草がゆるされるのもこいつくらいだな、などと思いながら、海馬は「ああ」と頷いた。
 素直に了解した海馬に遊戯はぱっと顔を明るくした。
「よかった! じゃあもう今日はゆっくり寝てよね。ボクも邪魔してごめんね、すぐ部屋に戻・・・」
 くるりとからだの向きを変え、部屋から出て行こうとした遊戯だったが、後ろから海馬に抱きしめられて驚いたように立ち止まった。かいばくん・・・?と名を呼びながら、腰に巻きつけられた腕に触れると、海馬はそっと嘆息した。
 首筋に海馬の息がかかり、思わずびくりとからだを震わせると、背中で海馬がくつくつと笑っているのが伝わってきて、遊戯は頬をふくらませた。
「・・・ちょっと、ふざけないでよね」
「ふざけてなどいない」
 しれっと云って、海馬はぎゅっと遊戯を抱きしめる腕をつよくした。
「海馬くん、どうしたの?」
「・・・・・・ねむい」
 ぼそぼそと呟かれた言葉に遊戯は笑った。
「だから早く寝なよって云ったじゃん」
「―――・・・行くな、ここにいろ」
 ほーら、ねぇ離してよ、と腰に回っていた手をはがそうとしていた遊戯はその言葉にぴたりと動きを止めた。
「・・・ボクがいてもいいの?」
「おまえだから云っているんだ」
 ちいさく、けれどきっぱりとそう云い放った海馬の声に遊戯はそっと息を零した。そしてくるりと海馬に向き直り、にこやかに海馬を抱き締め返し、その頭をやさしく撫でた。まるで母親みたいに、よしよし、だなんて云いながら。
 海馬くんってさ、意外とあまえんぼだよねぇと遊戯が笑うのに、海馬はフンと鼻を鳴らした。彼のことをそんなふうに云うのはこの世でおそらく遊戯だけだろう。

 そのまま二人で手を繋いだまま仕事部屋から海馬の寝室まで移動した。手を引かれて歩くなんて小さい子どもみたいではずかしくて、遊戯は頬を赤くして「・・・ねぇ海馬くん、手、放してよ。子どもじゃないんだからさ」と抗議したものの海馬に「おまえが迷子にならない保証はないだろう」と云い返されて結局は耳まで赤くする結果になってしまった。遊戯がKCビルの入り組んだ地下研究所で3時間も迷った挙句、研究員総出で捜索される羽目になったのはつい先日のことだ。
「・・・・・・だ、だってあれは・・・その・・・・・・何処もかしこもおんなじようなドアばっかだったし・・・! そっそれにここKCビルじゃなくて海馬くんちだしさぁ!」
 さすがに大丈夫だよ!と弁解する遊戯に海馬は冷やかな声を出した。
「ほお。執事長が『遊戯さまが迷われませんように』と全部屋のドアにプレートを付けたいと云っていたそうだが?」
「・・・・・・・・・ごめん。もう文句云いません」
「そうしろ」
 遊戯は誰にも会いませんように、と願うようにそっと目を伏せた。ただでさえ『遊戯さまったら瀬人さまと並んでいらっしゃると、ほんとうにお可愛らしいですね』だなんてメイドさんたちにときどき笑われているのだから。

 そんなふうに海馬に手を引かれて連れてこられた寝室も相変わらずの広さだった。遊戯の部屋が三つ四つは余裕で収まりそうだなと、きょろきょろと部屋を見回す遊戯をよそに海馬はさっさと横になってしまった。そしてベッドのなかから遊戯に早く来いと視線を送ってよこすのに苦笑しつつ、遊戯もベッドに潜り込んだ。成人男子ふたり―――と云っても遊戯はちいさめのサイズなのだが―――が横になってもゆったりとしているのは、さすがキングサイズといったところか。たしかにこれにひとりっきりで寝るのはさびしいかもなあ、と遊戯は思った。だが・・・
「・・・モクバくんと寝たらいいのに」
 呆れたような口調の遊戯に、 腕時計のアラームをセットしながら、海馬は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「もう兄弟で寝る歳でもあるまい」
「・・・いやー兄弟のほうが自然じゃない? こう、同級生と一緒に寝るよりはさ。今更だけど」
「・・・フン、どんな関係ならおまえは自然だと思うんだ」
「え、うーんやっぱり恋人同士とかじゃない?」
「ならそれでいいだろう」
「はあ―――って、えぇっ!?」
 あっさりと告げられた台詞に遊戯はぎょっと目を瞠った。驚いて海馬を見返すものの、海馬は素知らぬ顔で腕時計をいじるばかりだ。
「おまえがそのほうが落ち着くというならそれでいい」
「・・・それでいいってなにさー・・・」
「名前なぞ大した問題ではない。おれはおまえが傍にいるなら名前はなんでも構わない。―――薔薇という花がその名前をうしなったとしてもその芳しい香りは変わらないように」
「・・・・・・シェイクスピア?」
 滔々と朗読されるような言葉に遊戯が呟くと、海馬は目を細めた。
「ほう、すこしは学がついたようだな」
「・・・キミが寝てる間ひまなんだもの」
 からかうような口調に、遊戯は唇をとがらせて、部屋の隅に据えつけられた本棚を顎で示した。
「キミ、じゃないだろう」
 じっと遊戯の顔を見上げる海馬を見返し、遊戯は溜め息を吐いた。
「・・・名前なんて関係ないって云ったくせに」
「それとこれとは別だ」
 笑いを含んだ声音で云っても海馬は聞く耳持たずだ。
「・・・屁理屈」
 遊戯は首を竦めて、ぼすと軽く海馬の腹に拳をぶつけた。海馬はそっと遊戯の拳を握りこみ、もう一方の手で遊戯の頬に触れた。「・・・遊戯」そう、やさしく名前を呼びながら。
「・・・・・・・・・そんな顔するの、ずるいよ」
「うん?」
 海馬は知らないのだ。遊戯の名前を呼ぶとき、自分がどんなにやさしい顔をしているか。視線だけで愛を囁かれているような気分になって、遊戯がどれだけ恥ずかしく・・・・・・そして、どれだけうれしいか。あーあ、と天を仰いだあと、遊戯はぼそりと呟いた。
「・・・と」
「声が小さい」
「・・・・・・・・・せと」
「ああ」
「瀬人!!」
「好きだ、遊戯。傍にいろ」
 唐突な言葉に遊戯は言葉をうしなった。耳から入って脳に到達するまでにしばらく時間がかかる。え、いまなんて云った?ボクが・・・なんだって? ぐるぐる考えて、ようやく言葉がストンと遊戯の胸に落ちてきた。そして理解した途端にかあーっと顔が赤くなる。
 ・・・こんなのずるい、と遊戯は思った。だってこんなの不意打ちにもほどがあるじゃないか! けれどもその反面ですごく海馬らしいなとも思った。ロマンチックなシチュエーションを用意してから、だなんてこと海馬は絶対にしないだろう。ああでもそれにしたって海馬くんの口から好きだなんて初めて云われたっていうのに・・・。
 遊戯がいろいろ考えて百面相をしているあいだも海馬はずっと遊戯を見つめている。してやったりといったふうなニヤリ顔で。
「返事は?」
 遊戯がなんて解答するか心配そうな素振りは一切なかった。それもそうだろう、海馬には遊戯がなんて答えるかなんてお見通しなのだ。詰めデュエルの最後の一手を放ったあとのように笑って遊戯の答えを待つ海馬に、ああもう!だとかほんとにきみは・・・だとか呟いてから、遊戯は観念したように笑った。
「・・・ボクも好きだよ。キミの、瀬人のそばにいる。ずっとね」
 頬に添えられた手を取って、遊戯は微笑んだ。眠気のためだろうか、海馬の手はいつもオコサマ体温だなと笑われる遊戯の手より、だいぶ温かかった。
「だからおやすみなさい、よい夢を」
 にっこりと笑う遊戯に、海馬は満足そうに頷き、口を開いた。
「ああ、起きたら買い物に行くぞ」
「買い物?」
 きょとんとする遊戯を見つめながら、海馬はニヤリと笑ってみせた。
「指輪を買ってやる。おまえは繋いでおかないとすぐふらふらするからな。7時にはアラームが鳴るからさっさと眠れ。じゃあな」
 云うだけ云ってさっさと目を閉じてしまう海馬に、遊戯は絶句した。
「なッ・・・・・・! どうしてそういう大切なことをいきなり云うかなあ・・・そんで云うだけ云って自分はさっさと寝ちゃうし!もう・・・・・・」
 ひとしきり怒ってはみたものの、当の本人はあっさりと夢の中だ。唇をとがらせてみたところで相手がいないのではどうしようもない。ふう、と溜め息を吐いたあと遊戯は、あーあと笑ってみせた。
「・・・・・・買い物行ったら、ついでに毛布も買ってもらおうかな」
 仕事中に仮眠をとるという海馬によく膝を貸したKCのソファを思い浮かべながら遊戯は呟いた。海馬はいつもそのへんのコートやらを毛布代わりにしているから、ちゃんとした毛布を買ったほうがいいなと思っていたのだ。・・・そう、どうせなら二人で被っても余裕があるくらいの特大のやつを。
 クリボーの柄のやつを選んだりしたら海馬くん怒るかな、怒りはしなくてもものすごく不機嫌になるんだろうなあと考えて遊戯は笑った。でもそれでも、海馬は苦虫を噛み潰したような顔で文句を云いながらも遊戯の選んだものを使ってくれるんだろう。わかりにくいけれど、遊戯は海馬のそういうところがとても好きだった。海馬はいつだってまっすぐで、とてもやさしい。
 おやすみ海馬くん、とちいさく呟き、海馬の穏やかな寝息をバックに、遊戯もそっと目を閉じた。



おやすみなさい、よい夢を。




これでおしまいです。
ほんとはこのパートが書きたかっただけなのになぜこんなに長くなってしまったんだろう・・・。
下手に長くなった分設定に色々齟齬がでてきたりとか大変でした。うまく修正できてるといいんですが・・・!
社長と相棒はお互い相手のことをとても大切に思っているんだけど、決定打は口にしていないとかそんな感じです。
まあ要するに事実婚というか・・・。
とにかく社長と相棒がしあわせになればいいと始終考えています(きれいなまとめ)。
この二人とモクバを含めた擬似家族がだいすきです!
2008.09.23