うしようもない二人





 ―――遊星、おまえは何を見ているんだ?とよく云われた。
 たとえば拾ってきたジャンクを朝から晩まで解体しているとき呆れ顔でナーヴやタカに。機械いじりにそこまで熱中できるなんておれには理解できないね、と肩を竦められたことも一度や二度ではない。まるでお前にはおれたちに見えないものが見えてるみたいだな、たとえば設計図とかさ、とおれがラジオを修理する手元を感心したように眺めていたブリッツに。おれとデュエルしているとき嬉しそうに頬を上気させたラリーに。
 そしてお世辞にも整っているとは云いがたい、毛布を重ねただけの簡素な寝床で横になっているとき、ジャックに。

 ジャックはよくおれに触れた。単なる友人同士の交流にしては深すぎるそれに違和感をおぼえたのはいつだったろうか。いつのまにか当たり前のことのようになってしまったけれど、たぶんおれたちの行為は間違っているんだろうとぼんやりとおれは思う。サテライトに秩序も常識もあってないようなものだし、もっと深層の方に行けばこんなの普通のことなのかもしれない。けれどやっぱりこれはおかしいことなんだろう。そうしていろいろ考えてはみるけれど、結局夜中にジャックが手を伸ばしておれの服を脱がせるときにはどうでもよくなってしまう。頭の奥が痺れたようになって、なにも考えられなくなるから。
 ジャックは何度もおれの名前を呼んだ。遊星。耳元で、吐息混じりに囁かれる掠れ気味の低い声に背筋が震えた。遊星、・・・ゆうせい。おれはなんと答えていいかわからずに黙っている。返事をすればいいのか、それともジャックの名前を呼び返せばいいのか。おれはなにもわからずに、ただ黙っておれの上にのしかかるジャックをぼんやりと見つめるだけだった。
 おれの名を呼びながら、肌に触れるジャックの手の感触におれは目を閉じる。息遣いが近い。唇にやわらかな感触があり、ジャックがおれの前髪をかきあげ、頬を撫ぜた。遊星、目を開けろ。ジャックが囁く。いつになく熱に浮かされたような声で云い、おれの耳朶を舐める。おれは動かなかった。
 ・・・・・・遊星。焦れたようにおれを呼び、ジャックはおれのまなじりに触れた。
 おれは目を開ける。目の前に、普段ありえないほど近くにジャックの顔があった。ジャックの唇がゆるゆると動く。ゆ、う、せ、い。音に出さずに名前の輪郭をなぞり、ジャックはおれの首筋に吸い付いた。鎖骨の窪みを舐め、そのまま胸の方まで舌を滑らせてゆく。ジャックの唾液に濡れた部分が冷たい空気に晒されてひやりとした。そのままへその方まで舐めあげそうなジャックの仕草におれは肩を震わせたが、しっかりと腕を押さえこまれていて背中を逸らすくらいしかできない。
 おれが息を漏らすとジャックは顔をあげ、にやりと笑った。そしてまた首筋に口吻け、鎖骨を軽く噛む。途端、背中に電気が流れたように痺れ、一瞬頭が真っ白になった。唇を噛みしめるおれに気づいたジャックは指先でおれの唇を撫で上げた。血が出ているぞ。そう云いながらジャックはおれの唇を舐めた。そしてそのままおれの咥内にジャックの舌が入り込んでくる。まるで生き物のように舌を絡みあわせながら、ジャックはゆっくりと舌でおれの歯列をなぞってゆく。頭のなかまでかき回されているような気分だった。熱い。息苦しい。たっぷりとおれの舌をねぶりあげたあと、ジャックはおれの口端から零れ落ちた唾液を舐めあげ、ようやく唇を離した。
 ジャックは左手でおれの頬を撫ぜながら、右手をおれの胸の上から下腹部のほうに滑らせてゆく。熱を帯びたからだをジャックの体温の低い手が撫でるのに、背筋がぞくりとした。ジャックが器用に右手だけでおれのズボンのホックを外し、ジッパーを下げるのにおれは眉を寄せて目を閉じた。怒涛のように押し寄せる快感に溺れてしまいそうだった。
 けれどジャックはぴたりと手を止め、苛立ったように声をあげる。・・・遊星、目を開けろ。叱責するような声におれはゆっくりと目蓋をあげる。おれがジャックを見上げると、ジャックはまるで親を見つけた迷子の子どものような顔をした。ほっとしたようにわずかに笑うジャック。おれはジャックがなぜそんな顔をするのかがわからなかった。だっておれはこんなにもお前の近くにいるのに。お互いの肌の熱を直に感じあえるほど密に。
 ジャックはおれの首筋に顔を埋め、肩を震わせた。・・・遊星おまえは、おまえは・・・。何事かを云いかけては、ジャックはそれを首を振って打ち消した。いや、なんでもない。まるで口に出した途端それがおそろしい現実になるとでも云いたげな仕草だった。ジャックがおれを抱きしめる。裸の胸が触れあい、早鐘のようなジャックの鼓動が響いてくる。熱いからだ、熱を帯びた吐息、浮かされたような瞳。おれより断然しっかりとした体躯を持つジャックがまるでちいさな子どものように見えた。なにかに怯えて今にも泣き出しそうな子どもに。
 おれはジャックの首に手を伸ばしたいと思う。両腕を伸ばし、ジャックを抱きしめる。腕を背に回し、からだを引き寄せる。熱がもっと伝わるように。
 けれど結局おれは何もせずに、天井の辺りに視線を彷徨わせているだけだ。おれはどうしたらいいのかわからなかった。ジャックを抱きしめればいいのか、引き寄せて口吻ければいいのか、それとも突き放せばいいのか。おれはなにもわからずに、ただ両腕をからだの横でだらりと弛緩させていた。



 ジャックがまた腕を伸ばし、燻ぶっていたおれの快楽の火種に再び火を灯す。
 困惑と快感と迷いがからだの内側でジャックによってぐちゃぐちゃに掻き回され、おれは痛みと快楽が混ざり合った熱に浮かされて、眦から涙を伝わせる。おれのなかに腰を推し進めていたジャックが動きを止め、悲愴な声で呟いた。―――なぜ泣くんだ遊星。
 おれはなにも答えない。おれにもその答えはわからないからだ。どうしようもない気持ちでおれは眉を寄せてコンクリートの天井を見上げた。薄汚れたコンクリートにおれの求める答えは浮き出てこないけれども、おれはそうすることしかできなかった。
 ―――遊星おまえはいったい何を見ているんだ。
 まるで振り絞るような声音でジャックは云う。おまえはいつだって何処か遠くを見ている。こんなに近くにいるのに、おまえはおれを見ようとしない。
 おれの裸の胸の上にジャックの涙が滴り落ちる。一粒、ふた粒。おれは反駁しようと口を開き、やはりまた口を閉じた。おれはなにを云えばいいんだろう。きっとジャックの云っていることは正しい。なぜならおれはジャックがなぜ涙を落とすのかも理解できないからだ。おれにはジャックがなにを考え、どう思っていたか、いろいろなことがわからなかったし、きっとジャックもおれのことをわからない。
 こんなに近くにいるのにおれたちはお互い決してわかりあえずにいた。たとえからだだけひとつに繋がったとしても、結局おれとジャックにはどうしようもない齟齬があるのだ。
 ジャックの涙を拭うために手を伸ばしてもいいのかすらわからないおれは、結局どうしようもない気持ちで天井を見上げることしかできないのだから。




思っていることを口に出さないのに理解を得ようとするジャックと、感情伝達能力に問題のある不動さん。
どっちもどっちな二人です。
不動さんはどうも無口なせいか感情を表に出さないイメージがあります。気付くと無言でどっかを見つめてそうな。
猫みたいだよね。毛並みのきれいな野良の黒猫です。・・・・・・いいなそれ(なんか始まった!w)
えろすを頑張ろうと思ったんですが、あんまり頑張れませんでした。反省。
暗転に逃げてすみません・・・・・・^p^
2008.04.15 (明日3話放送です!たのしみ〜!)