You are everything to me!
 や さ し い 神 さ ま



 あなたのいちばん信じるものはなに?
 そう聞かれたら、ラリーは迷いもせずに答えるだろう。そんなの遊星に決まってる。
 遊星はラリーの神さまなのだ。もちろんサテライトの住人であるラリーは神さまなんてものがいないってこと、もしくは神さまはサテライトなんかには関心がないってことはとっくに知っている。けれど信心深いじーさまが云うように、もし神さまってものがこの見捨てられた場所にもいるのだとしたらきっとそれは遊星みたいなひとのことを云うのだろうとラリーは思っている。
 遊星はかっこいいし、やさしいし、怒らないし、ほかの多くの大人がそうであるように自暴自棄にもなっていない。遊星のすごいところならラリーはすぐに両手いっぱいあげることができる。遊星。ラリーの大すきな神さま。
 ごみ溜めのなかに捨てられていたラリーを救い出してくれた手をラリーは一生忘れないだろう。うずくまって膝を抱えていたラリーの頭を撫でて、あたたかなスープをつくってくれた遊星。すきなだけここにいていいと云ってくれた遊星。やさしく涙を拭ってくれた遊星。
 遊星はいつでもラリーにひかりをくれた。希望。やさしさ。ぬくもり。そういったふわふわで甘やかなものたちをたくさん。
 だからラリーも遊星のために何かしたかった。役に立ちたかったのだ。でも遊星はそんなこと気にしなくていいと云った。遊星は知っていたからだ。なんにも持たないラリーが役に立つためには盗むしかないということを。
 ラリーが盗みをしても遊星は他の奴らみたいに叩いたり怒ったりしない。ただきゅっと眉間にしわを寄せて、ラリーを見つめるだけだ。憎しみでも怒りでもなんでもない目に見つめられることに慣れていないラリーは遊星の視線に、胸のあたりがざわざわして落ち着かなくなって結局「ごめんよ遊星、もうやらないよ」と誓うのだ。そのときはもう絶対に盗みなんてやらないと思うのに、どうしてまた繰り返してしまうのだろう。
 ・・・そうじゃない、ほんとうはわかっている。遊星に嫌われるのがこわくて盗みをやめて、けれどなんの役にも立てずに遊星に見捨てられることがこわくてまた盗んでしまう。遊星はそんなことでラリーを見捨てたりしないってわかっているのに。

 ラリーはいつだってなにかに恐怖している。奪われる恐怖に、暴力に、飢えに、寒さに、孤独に。それらはふとしたときに冬の冷たい空気のように忍び寄り、ラリーを内側からツキリと刺すのだ。
 いまラリーがなによりも恐れているのは遊星をうしなうことだ。誰かに見捨てられること、しかもそれがラリーにとって誰よりも大切な、神さまである遊星にとなればラリーはどうなるだろう。もうラリーはぬくもりを、幸福を知ってしまった。一度手に入れた安寧を奪われるのは、なによりもつらい。
 もう遊星がいない生活なんて考えられなかった。いつだってべったり一緒にいるなんてことはしないし、できないこともわかっている。遊星はときどき数日がかりで使えそうなジャンクを捜しに行ったり、泊り込みで修理の仕事に出掛けたりもする。それでも、それが終わったらちゃんとラリーの元に帰ってきてくれた。「ただいま」と云って、滅多に見せない笑顔で微笑んでくれる遊星がラリーは大好きだった。予定より遅く帰ってきても、「心配かけてすまなかったな」と帰ってくるなり遊星に飛びついたラリーの頭を撫でてくれたし、その次の日はラリーが一日中纏わりついていても、ゆるしてくれた。遊星。ラリーの神さま、大好きなひと。
 ラリーは遊星をラリーから引き離そうとするやつがきらいだ。遊星は頭がいいし、手先も器用だ。サテライトの住人の多くがそうであるように処理場での仕事をしなくても、修理の依頼を受けたり、ジャンクから何かつくりあげて売ることで生計を立てていた。だから遊星の能力を買って、自分のチームに引き入れようと誘いをかけてくる奴らも少なくなかった。でもそんな奴らにとって遊星みたいに優秀なわけでも、タカたちみたいに力仕事ができるわけでもないラリーはただのお荷物にすぎなかった。そういう奴らはいつだって遊星だけを連れていこうとしたから、ラリーは全力で追い返した。遊星の前で堂々と、または遊星の知らないところでこっそりと。でもときどき思ってしまう。遊星にとってやっぱり自分はお荷物なのじゃないかと。ラリーさえいなければ遊星はもっといい暮らしができるだろうにと。けれど遊星は云うのだ―――「おまえはおれの最高の助手だ、ラリー」
 遊星だけを仲間に、と云うやつらの誘いは遊星はいつだってきっぱりと断った。あんたたちに仲間がいるように、おれにも大切な仲間がいる。おれはそいつらを見捨ててゆくことはできない。
 やさしい遊星。その言葉がラリーは涙が出るほどうれしかった。遊星はラリーを見捨てたりしない。絶対に。
 ラリーから遊星を奪ってゆきそうなやつは、ラリーにはなんとなくわかった。
 ―――だから、ラリーはジャックがきらいだったのだ。
 ジャックはそれまでのやつらみたいに遊星を仲間に引き抜こうとしていたわけじゃないし、むしろラリーたちと同じく、遊星の仲間に加わったやつだけれど、ラリーにはわかった。ジャックは―――こいつは、いつかラリーから遊星を奪ってゆくだろうと。
 視線から、仕草から、言葉から、それは伝わってきた。ジャックが遊星の名を呼ぶ声、そして遊星がジャックの名を呼ぶ声。なにが、というわけじゃないけれど、ラリーの鋭敏な部分がそう叫んでいた。ジャックは危険だ、と。でもそれを声高に叫ぶことはできなかった。遊星はジャックを信頼していたし、ジャックの前ではいつになく寛いだ姿すら見せていたから。
 だからラリーも次第にジャックに対する警戒を解いていった。ジャックはプライドが高く傲慢で、ひとを喰ったようなところがあったけれど、悪いやつじゃなかった。何より遊星が信じているのなら、ラリーもそれに従うだけだ。だからラリーはちくちくと胸を刺す思いをそっと仕舞いこんだ。・・・・・・まだそのもやもやとした気持ちの正体を知らないまま。


 けれどやっぱりラリーの直感は正しかった。
 ジャックは遊星から大切なものを奪っていった。遊星が長い月日をかけてつくりあげたDホイールを、大切にしていたカードを、―――そしてたとえるならDホイールのチップのような、遊星のこころのコアを。
 Dホイールは翼だった。遊星が飛び立つための翼。神さまの羽根だ。
 けれど遊星はちっともその翼を使おうとはしなかった。遊星ならきっとサテライトを抜け出してシティでデュエルキングになることだってできただろうに、遊星はサテライトから出て行こうとはしなかった。なぜかは決まっている。・・・仲間が、ラリーたちがいるからだ。遊星はみんなを見捨ててひとり出て行くことができなかったのだ。
 やさしい遊星、とラリーは呟く。ラリーが世界でいちばん大好きなひと。
 遊星がいっしょにいてくれてうれしかった。ラリーを闇から救い出してくれた神さまみたいなひと。遊星にはもっとしあわせになってほしくて、それがシティに行けば叶うってことはわかっていたけれど、それでも行ってほしくないと思っていた。だって、だって遊星のいない世界でどうやって生きていけばいいんだろう? 遊星はラリーのすべてだったのに。
 おれは何処にも行かないと云ってくれた遊星。おまえが望むならずっと傍にいてやる、と。
 遊星のその言葉がラリーには涙が出るほどうれしくて、だからラリーは決めたのだ。
 ―――遊星、シティに行って。
 ラリーが云うと、遊星は驚いたように目を瞠った。・・・ラリー、どうしたんだ?
 困ったような、やさしい声音に泣きたくなるのを必死で堪えてラリーは笑ってみせた。
 ―――遊星、心配しなくてもおれは、おれたちは大丈夫だよ。だから遊星はシティに行って。
 ほんとはみんなみんな知っていたのだ。遊星がなんのために赤のDホイールを組み上げていたか。なんのために危険を冒してセキュリティへのハッキングを続けていたか。・・・そして、どんな気持ちで夜空に浮かぶ月を見上げていたか。
 毎晩のように月を見上げては瞳を曇らせる姿をラリーは知っていて、けれどずっと見ないふりを続けていた。遊星に、離れていってほしくなかったから。遊星のことがだいすきだから。
 でもそれは間違っているのだ。ジャックが去ってから、次第に瞳を、表情を翳らせていった遊星。シティでのジャックのデュエルを繰り返しくりかえし何度も観ていた遊星。
 だいすきな遊星。どうかこれ以上くるしまないで。
 ラリーさえいなければ遊星はとっくにサテライトなんて出て行けただろう。駄々をこねて引き止めて、遊星をいちばんくるしませていたのはラリー自身なのだ。でも遊星はそんなこと欠片も思っていないような顔でラリーに触れ、笑いかけてくれた。やさしい遊星。ラリーの神さま。
 誰よりもやさしく、誰よりも気高いひとのためにラリーは涙を押し込めてにっこりと笑う。
 ―――大丈夫だから、遊星。だから、遊星は遊星のしたいようにしてよ。
 遊星がラリーにくれたことはぜんぶ覚えている。ぬくもりもやさしさも幸福も約束も、ぜんぶぜんぶラリーの宝物だ。一生、忘れない。きっとこの思い出だけでラリーは生きていける。ラリーを支えてくれる。たとえ、ほんものの遊星が傍にいてくれなくたって。
 遊星はラリーの真剣な瞳を真っ直ぐに受けとめ、そしてゆっくりと頷いた。
 ―――・・・ああ、わかった。ありがとう、ラリー。
 お礼なんていらない、とラリーは首を振る。いっぱいいっぱいお礼を云わなくっちゃいけないのはラリーの方なのだ。遊星、とこころのなか、震える声でラリーは大好きなひとの名前を呼ぶ。ありがとう遊星、だいすきだよ。この気持ちは一生変わらない。・・・もう会えなくっても。
 訣別を胸に唇を噛んで笑うラリーの頭を撫でて、遊星はちいさく笑った。
 ―――おれはまた、ちゃんと戻ってくる。ここに。みんなの、そしてラリーのいるこの場所に。
 その言葉が、その表情が、その手の温もりがあんまりにもやさしくて、ラリーは涙が堪えきれなくなった。ぼろぼろと涙を零すラリーの目じりを遊星は手袋を外した手でそっと拭ってくれた。傷だらけの、やさしい手で。

 ・・・遊星。大好きなだいすきな、ラリーの神さま。
 あなたのしあわせをこころのそこから願っている。
 たとえそのとき隣で笑っているのがラリーじゃない誰かだとしても。


(遊星が笑顔でいてくれるならそれで、)




ラリーかわいいよラリー(*´д`) どうもラリーと不動さんに夢を見すぎている気がします。
主人公のことが大好きな幼女にとても萌えるのでつい・・・
でもラリー男の子らしいですね。ううん・・・なぜ幼女じゃないのだろうか・・・(笑)
まあ実際問題サテライトに女性っているのか?みたいな気もしつつ。
色々まずそうな気もします。ラリーみたいなかわいこちゃんや不動さんみたいな細身のイケメンなら特に(ry
ジャック全然出てこないんですが、これでもau(ジャック×遊星)と云い張ります・・・。
2008.04.26