の恋情



 目を開けたら、手が動かなかった。

 やわらかなベッドに横たわって、目の前にあるのは見慣れた天井で、ここはいつもどおりのボクの部屋なのに、からだがぴくりとも動かなかった。金縛り?それにしてはなんだか妙だった。ぼんやりとした寝起きの頭もだんだんと起き出してきて、ぼやけた視界もクリアになってきた。ケホン、とちいさく咳き込んでベッドの横を見上げると、そこに見慣れた顔を見つけてボクはほっとした。
 ―――たいへんだよ、もうひとりのボク。手が動かないんだ。
 うまく呂律の回らない舌でそう云うと、もうひとりのボクが心底おかしいというように笑った。
 ―――なに云ってるんだよ、相棒。
 そう云って、肩を震わせて、クツクツと低い笑い声をあげる。それにつられてボクも思わず頬を緩めるけれど、わずかな違和感が頭の奥に差し込む。けれど、目の前にいるもうひとりのボクはいつもとまったく変わらず、ボクはその感覚を振り払った。
 ごめんごめん、おかしいかもしれないけどちょっと手を貸してくれないかな、そう云おうと口を開いたボクの頬に、そっと指先が触れる。いとおしむようにボクの頬に手を滑らせ、もうひとりのボクはとてもきれいに微笑んで、こう云った。
 ―――手が動かないのは当たり前だぜ。おれがそういうふうにしたんだから。
 一瞬、彼がなにを云っているのか理解できなかった。けれど首筋に氷の塊を当てられたように一気に目が覚め、からだを起こそうとしたけれど、ガクンと体勢が崩れる。そうしてボクはやっと手首につけられた拘束具に気付いて目を見開いた。わずかな笑いの気配。頭上を振り仰ぐと、やっと気付いたのか?と笑いに満ちた声が降ってくる。もうひとりの、ボク・・・? 掠れた声が喉にひっかかる。聖母みたいに穏やかな笑みを顔に貼り付けたまま、彼はボクの頬から輪郭をなぞり、指先でつとボクの首筋に触れた。
 ―――おれたちが着けてる首輪とおんなじデザインのやつなんだぜ。かっこいいだろ?
 もうひとりのボクの指先が触れている場所にちょうど頚動脈があるみたいに、ドクドクと耳元で血流の音が聞えた。ヒュッと喉が鳴る。酸素が、足りてない。心臓がいたくて、胸元をつかみたかったけれど拘束されてそれもままならない。引っ張られた鎖がジャラッと重い音を立てた。
 ―――逃げようとしたって駄目だぜ。すっごく頑丈なやつみたいだからな!
 心底たのしそうにそういう姿にゾッとした。まるで無邪気な子どもみたいに、もうひとりのボクは笑う。あたらしいオモチャを手に入れた子どもみたいに。無邪気に笑いながら、つかまえた蝶の翅をむしる子どもさながらの残酷さで、ボクに笑いかける。ずっと一緒にいたのに、ずっとボクのいちばん傍にいたのに、まるでいまの彼はボクのまったく知らない別人のように見えた。
 なんでこんなことするの? 自分では至って平穏な声を出したつもりだったけれど、うまくできていただろうか。もうひとりのボクは、んー?とかあまり興味がなさそうな生返事をかえしてくる。ねぇ、もうひとりのボク、聞いてるの? ボクが焦れた声を出すと、ようやく彼はボクの顔に焦点を合わせた。そうしてベッドにスプリングをおおきく軋ませながら乗りあがると、ボクの顔の横に手をつき、そっとボクに口吻けた。いままで何度かふざけ半分にしたことはあったけれど、そんな児戯めいたものと今度のキスはまったく違うものだった。やわらかく、冷たい唇が触れたあと、ぬるりと生温かな舌が滑り込んでくる。その感触に驚いて身じろぎしたボクの手首の鎖がまたおおきな音を立てたのに、彼は笑って、いっそう深く舌を差し込んできた。息が、くるしい。ボクともうひとりのボクの唾液が混ざり合って、開かれた唇の端から零れ、顎を伝って落ちる。彼の舌がボクの歯列をなぞり、咥内を蹂躙するのを、ボクはちからなく感じていた。ようやっと唇が離されたときには、ボクはただ熱に浮かされたように呆然と、唾液でぬらりと光った唇を、もうひとりのボクが手の甲で拭うのを見つめることしかできなかった。磔のキリストのように鎖で縛り付けられたボクのうえに、もうひとりのボクが獣のように圧し掛かる。(なぁわかるだろ?ほんとはおまえだってわかってるんだろ?)頑是無い子どもに話しかけるようにもうひとりのボクが耳元で囁く。(おまえは冗談だって思ってたかもしれないけど、おれは、ほんとうにおまえのことが―――)彼の白い指先がボクの首筋から胸元へ滑り落ちていく。ボクは喉から凍り付いてしまったみたいに、うまく言葉が出てこない。(どうして、どうしてこんな)荒い呼吸の底からかろうじて声を搾り出す。
 もうひとりのボクは、いまにも泣き出しそうな、泣き笑いに似た表情を浮かべた。左手で、ボクの額にかかる前髪をそっと払い、ボクの目じりにそっと唇を寄せ、知らぬ間に滲んでいたらしい涙に舌を這わせる。背筋が震えた。
 ―――どうしてかって? ずいぶんひどいことを訊くんだな。
 真っ暗な洞窟のなかにいるみたいに、もうひとりのボクの声がわんわんと反響して聞える。指先の、からだの感覚がなくなる。感じるのはもうひとりのボクが触れている場所だけだ。目を閉じると、泣きそうな声が聞える。(どうしてだ?)けれどそれはボクの口から出たものなのか、彼の口から出たものなのか、それすらもわからない。触れ合った部分から輪郭が曖昧になって、ひとりに融けあってしまいそうな気すらする。
(おれはおまえのことが――なんだ。ほんとうに、こころのそこから。でもおまえは信じないだろう。そしていつかおれを捨てていってしまうんだ。だからおれは思ったんだ、誰かにとられてしまうくらいなら、それならいっそのこと、―――)
 熱に浮かされたように滔々と彼は囁く。告解でもするようにボクの首元に顔をうずめて、熱っぽく何度も繰り返す。(なあおれはほんとうにおまえを、おまえだってほんとうはわかってるんだろ、なあ、なあ相棒・・・・・・)
 ボクは胸の上の彼の体温を感じながら、ぎゅっと目を閉じることしかできない(だってボクはもうひとりのボクにこたえる言葉を持たない)。真っ暗な世界の底でボクはふたたび眠りに落ちる。もうひとりのボクが、ボクの名を呼ぶ声を聞きながら、ボクの意識は闇に溶けていった。



いきなり闇表に喧嘩でも売ってるのかという感じの代物で済みません・・・。
い、いや好きですよ闇表!萌えるよね!!
自分でもこれは意味がわかりません。 なんなんだろうね・・・拘束って萌えるんじゃね?(´∀`*)と思ったんですが
あんまり生かせてない。AIBOの立ち位置が微妙なんだよな・・・。
AIBOは王様のことは好きですが、王様がAIBOに対して抱いているようなものとは違うんだよね。
恋ではなく家族愛に近いもの。そのあたりで絶対的にかみ合わない二人。
そのうちAIBOに恋人なんかできたら、そうしたらおれは・・・ならばいっそ!みたいな感じでしょうか。王様だってお年頃!
いやでもそれにしてもAIBOが・・・うががが。消化不良なので小説増えたらそっと破棄するかも・・・(;´∀`)
あとこういうシチュエーション好きすぎて色んなジャンルで絶対やるのでそろそろ私は自重すべき。

あ、念のため! 磔=はりつけ、と読みます(笑)
2007.09.11