You don't know about one's love.

 きみは知らない




 ―――・・・ごめんね獏良くん、でもこんなこと獏良くんにしか相談できなくて・・・。
 まなじりからぽろぽろと涙を零しながら遊戯くんは云う。きれいで透明な涙。それがあいつのために流されるものだということにぼくは苛立ちをおぼえ、そして同時に絶望の奈落に突き落とされるのだ。
 ぼくと遊戯くん、遊戯くんとあいつ、あいつとぼく。それぞれの間には越えようのないほどうず高い壁があり、ぼくはそのまえで立ち尽くしている。
「遊戯くん、泣かないでよ」
 ぼくは笑って遊戯くんに手を伸ばす。頭を撫で、濡れた頬に触れる。けれど、ぼくにゆるされるのはそこまで。
 遊戯くんは唇を噛み締めながら、ぼくを振り仰ぐ。でも獏良くん。揺れる声音、潤んだ瞳、赤らんだ目元、あまやかな吐息。それらがすべてぼくのためだったらいいのに。ぼくがそんなどうしようもないことをずっと考えていることを遊戯くんは知らない。そう、知らないままでいい。こんな途方もなく望みのない想いを知られるくらいなら、いっそなにも知らないままでいて。
「だいじょうぶだよ、なんにも心配することなんてないよ」
「・・・でも、」
 自信がないんだ、と遊戯くんは呟く。・・・ボク、バクラくんに好きでいてもらえる自信がないんだ。
 頬を伝う涙を拭いもせずに、ただ子どもみたいに泣いている、かわいいかわいい遊戯くん。見当はずれの不安におびやかされて、いままで何度こうやって泣いたことだろう。かわいい遊戯くん。かわいそうな遊戯くん。
 きみがすきでいてくれるのがぼくだったら、きみをこんなふうに泣かせたりなんて決してしないのに。それなのにきみがすきなのはあいつだけなのだ。
「・・・だいじょうぶだよ」
 震える肩に手を伸ばす。いまなら抱きしめてもゆるされるだろうか。傷心な親友をなぐさめるポーズでぼくは誰よりもすきな子に手を伸ばす。
 遊戯くん、きみは知らない。ぼくがどんなにきみをすきか。どれだけきみをいとしく思っているか。・・・そして、あいつがどれだけきみを大切にしているか。
 あいつがきみに触れないのは、きみが壊れてしまわないかこわがっているからなんだよ。あいつは馬鹿だから、そんなことにおびえて、きみに手を伸ばすことさえおそれているんだ。いままでこんなに大切におもうものを持たなかったから、どうしたらいいかわからないんだ。大馬鹿だよね。
 いつだか遊戯くんが放課後のだれもいない教室で、居眠りをしていたことがあったでしょう。ぼくが日誌を出しに行くのを待ってくれているあいだに、きみは机ですっかり寝入ってしまってたよね。頬にボタンのあとをくっきりとつけて、顔を赤くしていたのをおぼえている? あのとき、ほんとうはバクラも傍にいたんだよ。きみがしあわせそうに眠り込んでいるのを、世界でいちばんの宝物でも見るような顔でじっと見つめていたあいつはいままで見たこともないほど穏やかな瞳の色をしていた。いとしさをいっぱいに湛えた、凪いだ海のような瞳。ゆうぎ、とあいつはきみの名を呼んだ。何度も、なんども。きみを起こさないようにそっと名を呼び、きみの髪を撫ぜ、頬に触れた。
 ぼくはドアの前に立ち竦み、それをなすすべなく見つめていた。
 遊戯くん、きみは不安になる必要なんてないんだよ。きみが思うよりずっとバクラはきみのことを想っている。きっと、きみがあいつを想うよりずっと。
 そう伝えたら、遊戯くんは泣き止んでくれるだろうとぼくは知っている。けれどぼくはなにも云わない。云えないんだ。だって、だって遊戯くん。ぼくもきみのことがすきなんだよ。きみがいなければ世界が終わってしまうくらい。
 ごめんね遊戯くん。けれど、こればっかりはどうしようもないんだ。きみがどれだけあいつを想っているか知っているのに、ひどいことをするぼくをゆるして。いつかぼくのしたことを知る日がきたら、きみはどう思うだろう。ぼくを怒る?軽蔑する? それでもいいよ。たとえそうなったとしても、そうしたらぼくのことを憎んで憎んで、そうして絶対にゆるさないで。ぼくのことを刻み込んで。一生忘れられないくらいに深く、ふかく。
「遊戯くん・・・泣かないで」
 うん、うん、ごめんね、ありがとう獏良くん。たどたどしく遊戯くんは云う。涙の洪水に押し流されながらも一生懸命に。
 濡れた頬を拭い、ぼくは遊戯くんを抱きしめる。
「・・・遊戯くんにはぼくがいるよ」
 ずっとずっと傍にいる。きみが泣きたいときも、笑いたいときも、しあわせなときもくるしいときも悲しくてたまらないときも、いつだってきみのそばに。
 ぼくはきみのためならなんだってできる。そう、たったひとつを除いてはなんだって。ごめんね遊戯くん。ぼくはきみのことが好きですきでたまらなくて、きみがしあわせになるためならなんだってできるって、そう思うのに、きみの恋心を応援することだけはどうしてもできないんだ。
 あんなやつやめときなよって思うけれど、あんまりにもまっすぐにあいつを見つめる遊戯くんを見ていると、ぼくはなにも云えなくなってしまう。
 きみにこの想いは伝えない。そのかわりぼくの持っているエースも出さない。(あいつは遊戯くんのことをちゃんと、とてもすきだよ)
 あいつの気持ちを知らない遊戯くん。遊戯くんの気持ちを知らないあいつ。どちらの気持ちも知っていて、なにも云わないぼく。
 ぼくは遊戯くんになにも伝えないかわりに、遊戯くんのいちばん近くのポジションを手に入れた。親友という名の、やさしくあまやかで、そしてなによりも残酷な場所を。


 遊戯くん、お願いだからこれ以上なにも知らないで。
 なにも知らないまま、ずっとこのままで、ぼくだけをきみの隣りにいさせてください。




お互い好きなのに絶望的にすれちがっているバクラと相棒と、報われない獏良くんのお話でした。
獏良くんがかわいそうすぎてすみません・・・。
それにしてもこのバク表は付き合ってるんだか付き合ってないんだか(笑)
2008.03.30