Never Lasting Dreamer
迷 路







 そうだ、遊星に会いに行こう、とジャックは思った。
 思い立ったあとの行動は早かった。ジャックはうじうじ悩んでいるのは好きではない。思いついたら即行動、それがジャックの信条だった。なぜならジャックはキングだからだ。キングはいつだって颯爽としていなければならない。
 ジャックは横たわっていた寝床を抜け出し、コンクリートの床にカツカツと高らかに靴音を響かせて、歩き出した。遊星は何処にいるだろうか。おそらく自宅―――と云うには眉を顰めたくなる廃墟同然の棲家でDホイールかジャンクを弄っているか、そのあたりでガラクタ(遊星からしてみれば宝の山、らしいがやっぱりジャックにはガラクタにしか見えなかった)の収集をしているかのどちらかだろう。まったくあいつはまるでジャンクの虜囚だ。整った顔に頓着もなく汚れをつけ、一心不乱にガラクタに向かう姿はいっそ狂気的と云っていいほどだった。
 勿体のないやつ、とジャックは思う。ジャックは遊星の顔が好きだった。ひたすらに無口で、二言目には子どもめいた妄言(仲間仲間といつまで経ってもくだらない言葉ばかりを繰り返して!)ばかり吐く男だったが、遊星はこのクズみたいな場所でジャックが唯一気に入っていたものだった。遊星。あそこまで真っ直ぐひとを見つめる男をジャックは他に知らなかった。ああ遊星、あいつは一体何処にいっただろう。あたりをうろついてみたものの遊星の姿は一向に見つからなかった。それどころか人影すらない状況に次第にジャックは焦りを感じてきた。いったい遊星はどこにいるんだ? 一刻もはやく遊星に会いたい。遊星に会ってそれから、・・・それからどうしようか。歩きながらジャックは考えた。そう、そうだ、このあいだ奴が欲しがっていたパーツを手に入れたのだった。確か部屋の、上から二番目の引き出しに入れておいたはずだ。それをあいつにやろう。遊星はどんな顔をするだろうか。喜んでかすかに微笑うだろうか。それともうれしそうに目を細め「ありがとうジャック」と素直に礼の言葉のひとつでも口にするだろうか。
 ・・・それともこっちのほうが面白いだろうか、とジャックは夢想する。パーツをあいつの目の前にチラつかせておいて、おれの云うとおりにしたらおまえにやろうと云うのだ。そうしたら遊星はどんな顔をするだろうか。想像してジャックはぞくぞくした。あいつは怒るだろうか、それとも呆気にとられた顔をして眉をしかめるだろうか。どちらでもいい。ジャックは遊星の感情の変化が好きだった。燃える炎が姿を変えて煌めくイメージ。どちらでもいいから、とにかく遊星に会いたかった。遊星、あいつはいったい何処に行ったんだ? ジャックは次第に苛立ちを覚えてきた。まさかまた危険地帯にフラフラと出かけていったんじゃあるまいな、と思いジャックは唇を噛んだ。遊星は以前にもたかがネジひとつのためにそこに踏み込み、あわや大火傷を負いそうになったことがあったのだ。もしあのときおれがやつの手を引くのがあと一秒でも遅ければ・・・と思い出してぞっとした。・・・はやく捜し出さなければ。なかば脅迫概念のようにジャックは思いだした。ああ遊星、おまえはどこにいるんだ?
 迷路のような通路を抜けたところで、ようやくドアの向こうに人影が見えた。おい!とジャックは叫ぶ。影はびくりと肩を震わせ、くるりとジャックに向き直った。
「おい、遊星を見なかったか」
 ジャックがそう云い放つと、影―――存外若い男であった―――は呆けた顔をして口をぽかんと開いた。その愚鈍な反応にジャックはぎゅっと唇を引き結んだ。苛立ちを押さえ、倣岸に腕を組んでみせる。
「・・・遊星だ、不動遊星。知っているだろう?」
 男は、はぁ・・・あのぅ・・・だとかなんとかもごもご云って、視線をあちこちに彷徨わせていた。そんな様子にジャックは眉をひそめる。なんだか様子がおかしい、とジャックは思った。ジャックたちのいるあたりの地区なら、遊星の名はあちこちに轟いていた。遊星はいい意味でも悪い意味でも目立つ存在だったし、何より機械いじりの腕はピカイチだったからだ。それなのに目の前の男は遊星の名に何の反応も示さない。もしかすると、遊星を捜して歩き回っているうちに何処か別の地区に迷い込んでしまったのだろうか? ・・・だとするとまずい。
「おい、ここは何処なんだ?」
 ジャックの言葉に男は面食らったように目を見開き、何処と申されましても・・・とまたしてももごもご呟いた。その一向に要領の得ない様子にジャックは苛立って靴先を鳴らした。
「だからここは何処だと聞いているだろう!ここはサテライトのどのあたりの場所なんだ?おれはB-36地区に戻りたいんだが!!」
 苛立ちにまかせてジャックが声を張り上げると、男はさっと怯えたような表情を浮かべた。じり、とジャックから後ずさると、引きつった笑顔を浮かべながら「少々お待ちください・・・」と襟元に手を当てた。驚いたことに男は通信機器を持っているようだった。このサテライトではセキュリティ以外でそんなものを持っている者など滅多に見かけない。だが目の前の怯えた顔をちらちらとジャックに向けながら、襟元の通信機に向かって喋りかける若い男は到底セキュリティには見えなかった。ぼそぼそと呟く声が途切れ途切れにジャックの耳まで届いた。キングが・・・どうやらまた・・・ええ、研究所の地下です・・・はい、・・・はい、わかりました・・・・・・。
 若い男は通信を切ると、おれに向かって弱々しく微笑んだ。
「・・・ただいま迎えを呼びましたので、もうすこしお待ちください・・・・・・、キング」
 キング、という言葉にジャックはちらと視線を動かした。誰と通信していたのかは知らないが、どうやらこいつはおれのことは知っているらしい・・・・・・だが、それなのに遊星を知らないという。
 なにがなんだかわからない、とジャックは肩を竦め、溜め息混じりに背中を壁に預けた。


     *     *     *


 数分後、黒服をかっちりと着込んだ男が数人で現れた。若い男はあからさまにほっとした顔をし、奴らのほうに駆け寄っていったが、おれはさっと居住まいを直し、男たちに向き直った。
 そのなかのリーダーらしき男がひとりおれの前にさっと進み出て、頭を下げた。
「・・・アトラスさま、お迎えにあがりました」
 こいつらは一体何者なのだ?とジャックは思った。服装も立ち居振る舞いもまるでサテライト住人らしからぬ様子であるのに、おれのことを“アトラスさま”などとさま付けで呼ぶ。気味が悪かった。
 貴様らは何者だ、なぜおれを知っている、遊星は何処にいるんだ。おれが質問を浴びせかけると、男は先ほどの若い男と同じような表情を見せた。それは、遊星が完全に壊れた機械の前に立ちすくんでいるときの表情と似ていた。あれは、なんという感情なのだろうか。悲しみ?それとも・・・・・・哀れみだとでも? 馬鹿らしい!なぜおれがこんな男に哀れまれる必要があるんだ? ジャックは憤慨した。おい貴様は一体、と口を開いたところでジャックは腕に痛みを感じて、ぐっと押し黙った。いつの間にか男たちのひとりがジャックのすぐ傍に回りこみ、ジャックの腕に注射針を突き立てていたのだ。しまった、とジャックは唇を噛んだ。油断していた、まさかこんな・・・ぐらりと揺れる視界のなか、ジャックのことを“アトラスさま”と呼んだ男が笑いかけるのを目の端に捕らえながら、ジャックはゆっくりと意識をうしなった。
「―――ご心配なく、長官のところにお連れするだけですから・・・」
 安心させるように語り掛ける男の言葉の意味に首を傾げつつ。


     *     *     *


 再びジャックが目を覚ましたのは、ベッドの上だった。真白い天井に目を細め、起き上がろうとする。が、それは手首に嵌められた枷のために叶わなかった。
「な・・・なんだこれは・・・!」
 ジャックは困惑と怒りで咆哮した。乱暴にからだを動かしてはみるものの、鎖は短く、わずかばかりしか身動きが取れない。しかも枷は手だけでなく足や胴体など可動域すべてに付けられていたのだった。
「お目覚めですか、キング」
 どこかのっぺりとした声が聞こえて、ジャックはハッと声をした方に顔を向けた。声の主はゆったりとした様子でソファセットに座り、なにかを読んでいたようだった。貴様!とジャックは声を張り上げる。いったいおれをこんな目に合わせてどういうつもりだ! ジャックが自由のきかないからだで睨みつけると、男は書類を机の上に置き、すっと立ち上がった。
「キング、あなたが目をお覚ましになられたらすぐにでも解放いたしますよ」
「・・・フンそれならさっさとこれを外してもらおうか!おれはとっくに目覚めているのだからな!」
 ジャックがそう吐き捨てると、男は眉を寄せ、ふう、と大仰に溜息をついてみせた。優雅な手つきで額に手をあて、嘆かわしい、と云わんばかりに何度も首を振った。その動きに合わせて男の長いウェーブのかかった髪が揺れる。
 ジャックは唯一動く首を回し、周りに目をはしらせた。赤いベルベットの張られた豪奢なソファと揃いの装飾を施された猫足のテーブル、大理石らしき床、壁際に添えつけられているガラス棚には数々の調度品が並べられ、その棚自体も細かな装飾によって縁取られたうつくしいものであった。白い天井にはガラスのシャンデリアがぶらさがっている。
 なんだこれは、とジャックは思った。まるでサテライトにはありえない光景だった。ここは天国かどこかだとでも?まったく性質の悪すぎる冗談だった。ぞわぞわと背筋を這い上がる底冷えのする不快感に、ジャックは唇を噛んだ。いったいここはどこなんだ?それに、それに・・・
「遊星は何処にいる!」
 ジャックのその叫びに、長髪の男は深い溜息をついた。
「・・・キング、いったいいつになったら現実を見つめてくださるのですか?」
 心底疲れたような声だった。男からジャックに伝わってくるのは敵意や害意ではなく、深い哀しみや絶望、そして諦念といったものばかりだった。
「なにを・・・なにを云っているんだおまえは・・・」
 困惑するジャックをよそに、男―――彼はレクス・ゴドウィンと名乗った―――は、溜息と共に重い口を開いた。ジャックがいまいるのはサテライトではなくネオ童実野シティであるということ、そこでジャックはデュエルキングとして君臨していること、ジャックが行ってきた数々のデュエルのこと・・・・・・
 話を聞くうち、だんだんとジャックの頭にかかっていたもやが晴れていった。
「そうだ・・・おれはあのゴミ溜めを、サテライトを抜け出してここにやってきた・・・」
「ええ、そうです。そしてあなたはここでキングとなられた」
 思い出されたのですね、と安心したように目を細めるゴドウィンに、ジャックは、ああ、と顎先で頷いてみせた。それを認めたゴドウィンがなにかを手元で操作すると、ジャックの枷がピッと電子音を立てて外された。起き上がり、手首をさすりながら、ジャックの脳内ではサテライトを出てから今までのことがまるで走馬灯のように目まぐるしく駆け巡っていった。勢いよく呼び覚まされる記憶にジャックは目を閉じる。そう、そうだおれはシティでキングとなった・・・そうしてこの男と共にシティのすべてをこの手に収めようとしていたのだ・・・。
 だが、それは邪魔が入り、儚い水泡と帰してしまった。邪魔・・・シティでおれに二度目のデュエルを挑んできた遊星によって。
「・・・そう、遊星だ! 遊星はどこにいるんだ!あいつもシティに来ているはずだろう!!」
 立ち上がり、そう叫んだジャックに、ゴドウィンは眉をしかめた。
「キング・・・・・・まだ理解なさっていないのですか・・・」
 そんな言葉と共にゴドウィンが右手を上げると、天井からスクリーンを下りてきた。
「さあご覧なさいキング、彼の・・・・・・不動遊星の最期を!」
 ゴドウィンの言葉にジャックは愕然とし、それはどういう意味だと反駁する間もなくスクリーンに映し出された映像に言葉をうしなった。
「・・・・・・なん・・・だ、これは」
 ―――崩れ落ちたコンクリートの闘技場、横倒しになっている二台のDホイール、上空に浮かぶ二体のドラゴン、おれのレッドデーモンズ、遊星のスターダスト、空には暗雲が立ち込めている、雷鳴が轟き、ざあざあと雨が降り出してくる、画面の真ん中には呆然とした表情のおれが座り込んでいる、その腕のなかにいるのは、
「・・・ゆ、うせ・・・い・・・?」
 音声は聞こえてこない、けれど画面の中のおれは必死に口を開き、何事かを叫んでいる、たぶん遊星の名を、遊星、目を覚ませ遊星!、遊星はおれの腕の中でぐたりとしたまま目を閉じている、真っ白な顔色、煤けた頬、色のない唇、・・・額を伝い落ちる赤、遊星のライダースーツがぐっしょりと濡れていた、赤くあかく、それはおれのスーツにも染み込んでいる、おれは叫んでいる、遊星たのむから目をあけてくれ!だがおれの願いもむなしく遊星は目を開けない、遊星の唇の端を、つ、と赤いものが零れていった、ゴホと咳き込んで遊星は赤を吐き散らす、遊星!とおれは叫んでいる、遊星は苦悶の表情に顔をしかめ、それでもゆっくりと目を開けた、遊星・・・とおれは安心したように声を漏らす、遊星は何度か瞬きをしたあとおれの頬に向かって手を伸ばした、ジャックと声にならない声で遊星がおれの名を呼ぶ、おれは嬉しさに頬を緩める、ああ遊星・・・・・・、遊星もかすかに笑った、いや笑おうとし―――その途中でぱたりと手を落とした、遊星の手はおれの頬に触れる直前でコンクリートのうえに落ちた、おれは目を見開いて絶叫する、どれだけ揺すってもどれだけ名前を呼んでも遊星はもう決して目を開けなかった、おれは遊星を抱きしめたまま空を仰ぐ、なぜだ、なぜだ!!おれの咆哮に応えるかのように二体のドラゴンが鳴き声をあげ、そして空のいちばん昏い部分からもう一体の竜があらわれた、禍々しい色をした紅い、竜が、冷たくなってゆく遊星のからだを掻き抱き、おれはありったけの憎しみを天に向かって吐き捨てた、けれどどれだけ叫んだところで遊星は戻ってこない、けれどおれは遊星の赤く染まった額を、頬を撫ぜながらずっと呼び続けた、遊星、おまえを愛しているんだ!もう決して届かないところへいってしまった男の名を愛と共に。

 映像が消えてしまったあとも、ただただ呆然とスクリーンから目を逸らせずにいるジャックにゴドウィンが何事かを語りかけるが、ジャックの耳にはその破片しか届かなかった。あの紅き竜のためにモーメントは暴走を、制御不能になったDホイールが、医療チームが着いた頃には彼はもう、・・・・・・
「・・・キング、あなたは忘れてなどいないはずです。あのとき彼は死んだ。不動遊星はもうこの世にはいないのです。あなたの腕の中で彼は息を引き取った。覚えているでしょう。あなたはいつまでも彼を腕の中から手放そうとせずに・・・・・・」
 ゴドウィンはそれ以上は口にせず押し黙った。ふうと溜息を吐き、呆然と自分の両手を見つめるジャックの肩をそっと叩いた。
「・・・・・・ゆっくりお休みください、キング。時間がきっと解決してくれるでしょう。・・・彼は、不動遊星はあなたを庇って死んだ。キングを守るためにその命を散らせたのなら、そう悪くない人生だったでしょう。あなたは彼の分まで生きなければなりません。そう、あなたはこの世界のキングになるのですから・・・」
 ゴドウィンはそれだけ云うと、ゆっくりとドアに向かって足を進めた。身じろぎひとつしないジャックに溜息を吐きながら。
 シュン、と音を立ててドアが閉まると、部屋のなかにはまた静寂が広がっていった。
 ジャックはもうゴドウィンの言葉など耳に入ってはいなかった。ジャックの頭のなかを支配していたのはただひとつ。
「遊星・・・」
 まるで呪文のようにジャックは何度もなんどもその名を呟いた。遊星、そんな、遊星、おまえは、遊星、遊星、ゆうせい・・・・・・汚れひとつない自身の掌を見つめながら、ジャックは呟き続ける。遊星・・・遊星・・・・・・、
 ―――遊星、おまえはどこにいってしまったんだ?
 ・・・そうだ、とジャックははたと気付いた。おれはこんなところで呆けている場合ではないのだ。おれは遊星を捜しにいかなくてはならないのだから。ああ、あいつはいったい何処にいるんだ?またくだらないジャンクのためにあっちこっちを擦り傷だらけにしながら歩き回っているに違いない。まったくしょうもないやつだ、とジャックは笑った。夢中になるとほかのことが見えなくなるくせはいつまで経っても治らないのだから。だからあいつにはおれがついていないとだめなのだ。はやく見つけにいってやらないと。またどこか怪我でもしていないといいのだが・・・。
 そう、遊星を見つけたらまず抱きしめてやろう。後ろから抱きしめて、驚いて振り返ったその唇にキスをするのだ。そうしたら遊星はいったいどんな顔をするだろうか? 顔を赤くしながら怒るか、それとも困ったように笑うか・・・。そんなことを考えてクスクス笑いながら、ジャックは扉の外へと足を踏み出した。
 ―――さあ、はやく遊星を見つけにいかなくては。





狂人なキングが書きたかったのでつい^p^
死にネタ苦手な方いらしたら済みません・・・でも死ネタ表記するとオチがモロバレという!笑
とりあえず不動さんの死を受け入れられずに不動さんを捜し続けるジャックという話でした。
ここはサテライトだと思ってるのもジャックだけで、ほんとはシティの研究所の地下とかにいたのでした。
ジャックはこれ以前にも同じようなことを繰り返して地下施設に軟禁されてたんですが、
おれは遊星を捜さなければ!って抜け出してきたんですね。
だからこれを何度も繰り返すという・・・要するに、無限ループってこわくね?という話!笑
2008.05.13