You keep me back in this world.

おまえだけがおれを





 ―――ああ、おまえさえいなければ。

 ジャックはよくこんなことを呟いた。
 遊星、おまえさえいなければおれの人生はもっと違ったものになっていたはずだったろう。
 淡々と紡がれるジャックの独語めいた言葉に、おれはなんと答えたらいいものかわからず、ただ目の前の作業に没頭するふりをしていた。
 パソコンの画面を見つめ、指先をひっきりなしに動かすおれの背中をジャックがじっと見つめているのをひしひしと感じた。視線がじわじわとおれのからだに絡み付いてゆく。
 いつものように腕を組んだ姿勢で壁にもたれながら、ジャックは繰り返した。
 ―――おまえさえいなければおれはこんなところにはいないのにな。
 おれはこんなところから一秒も早く抜け出したいんだ、とジャックは吐き捨てるように云った。いつか床を這う虫をグシャリと踏み潰したときとおなじ調子で。おれはその言葉を、その口調を聞くたびに胸の奥がくるしくなるのを感じていた。ジャックはああ云っているけれど、おれはこの場所がそんなに嫌いじゃなかった。確かに空気も景色も治安も悪いし、シティには遠く及ばない場所かもしれないが、それでもおれはここでたくさんの大切なものを手に入れたから。
 けれどジャックはそうじゃないんだろうか。この場所にやってきたジャックが手に入れたのは喪失感だとか寂寞感だとかそういうかなしいものだけだったのだろうか。ひとひらのやさしさや友のぬくもりや他人との関わりや、そういったものはジャックの掌をすり抜けていってしまったのだろうか。きっとそんなことはないはずだと思うのに。
 カツン、と物思いに沈むおれの思考をジャックの靴音が引き上げた。カツ、カツ、カツン。
 ジャックはきれいな歩き方をする。きっと姿勢がいいからだと思う。おれはジャックがまっすぐ前を見て歩く姿がすきだった。
 遊星、とジャックはおれの名前を呼ぶ。ああ、とおれは答える。ジャックは椅子に座るおれを背後から抱き締めるように覆いかぶさり、キーを叩くおれの右手にそっと自身の手を重ねた。ジャックの手はひどく熱っぽかった。
 ジャックはおれを無理矢理振り向かせ、おれの唇に舌を這わせた。逃げようとしても顎を掴まれているのでそれも叶わない。合わせた唇からジャックの舌が入り込んできて、ああ溺れそうだとおれは思う。息が苦しくて頭がぼーっとして涙が出そうだった。ジャックの言葉が頭のなかをぐるぐると回っている。ああおまえがいなければなあ、遊星。
 最後にもう一度おれの唇を舐めたあと、ようやくジャックはおれを放してくれた。
「・・・遊星、そんな顔をするな」 おれの髪をぐしゃりと撫でながら、ジャックは笑った。「離したくなくなるだろう・・・」
 ジャックはそう云っておれの服に手を掛けた。獰猛な肉食獣と同じ光を宿らせた瞳で笑いながら。

 おれにキスの雨を降らせながら、おまえがいなければきっとおれの人生はもっと退屈だっただろうなと笑うジャック。
 そして、おまえさえいなければこんなゴミ溜めのような最低の街に留まることもなかったのに、と吐き捨てるようにこの世界を睥睨するジャック。
 どちらのジャックがほんとうで、どちらのジャックが嘘なんだろう。それともどちらもほんとうで、どちらも嘘なんだろうか。おれにはわからなかった。
 ただわかるのは、ジャックを縛り付けている鎖の先はおれに繋がっているということだけだ。

 それが幸福なのか不幸なのか、それともそのどちらでもないのかもわからないまま、おれは今日もまたジャックの呟きに溺れている。



なんかほんとうに前書いた話と似ている気がして鬱です。貧困な脳味噌・・・☆rz
5D'sではアンビバレンツな感情というか、鬱屈した愛情というか・・・
なんかそういうごちゃごちゃして相互不理解な感じの話が好きです。そんなのばっかりだな!
ジャックが遊星に「おまえさえ・・・」って云うのはプラスとマイナス両方の意味です。
2008.10.12