ジャック・アトラスの情熱



                     Jack Atlas's Passion



  

「出掛けるぞ、遊星!」
 そう叫ぶなり、ジャックは遊星が頭から被っていた毛布を勢いよくひっぺがした。腕を掴み、無理矢理上体を起こさせる。
 遊星はまだ眠気の残るとろんとした表情でジャックを見つめ、舌ったらずに、いまなんじだ、と聞いた。ちいさな子どものように手の甲でごしごしと目をこする遊星に、ジャックは親切に腕時計の時間を読み上げてやった。が、遊星はそれをも尻目に、また頭を揺らして眠ろうとするのでジャックは呆れて溜め息を吐いた。まったく寝ぎたないやつだ!
 ジャックは遊星のだらしのない寝顔に噛み付くようにキスをした。やわらかな唇を吸い、呼吸のためにわずかに開けられた隙間から口腔に舌をねじ込むと、遊星はぎょっとしたように目を見開き、ジャックを突き飛ばそうとしたが、がっちりと後ろ頭を抱えているジャックの手のためにそれも叶わない。それでも何度かジャックの胸を叩いていたが、仕舞いには諦めたらしくそっと目を閉じた。
 いつまで経ってもうまく鼻から息ができないらしい遊星は、不意打ちのキスをひどく嫌がる。だが、いくら嫌がってジャックを睨みつけても、それが涙を滲ませた赤い顔では逆効果だといつになったら気付くのだろうか。
 長いキスのあと、すっかり大人しくなった遊星を抱きしめ、ジャックは囁いた。
「・・・・・・さあ、さっさと出掛けるぞ遊星」

 欠伸まじりに、そのへんに脱ぎ捨ててあったTシャツを着ようとする遊星の顔に、ジャックは持参した紙袋を投げつけた。ぶつけて赤くなった鼻をさすりながら恨みがましくジャックを見上げる遊星の頭にタオルをかぶせ、ジャックは洗面所の方に顎をしゃくった。
「さっさと顔を洗ってこい。ひどい顔だぞ」
 遊星はしばらく動かなかったが、ジャックが背中を蹴りつけると、しぶしぶといった体でベッドを降り、緩慢な動きで洗面所に向かった。
 遊星がばしゃばしゃと顔を洗う水音を聞きながら、ジャックはぐるりと部屋の中を見回した。相変わらず生活感のない部屋だ、とジャックは思う。部屋というよりは、作業場にベッドが置いてあるといったほうが正しいほどにモノが少ない。すこしでも快適に日々を過ごそうなどという考えは一切ないのだろう。家具も、ベッドと学習机、タンス、カラーボックス、そして部屋の真ん中に鎮座する足の低いテーブルくらいしかないし、そこにはパソコンや工具、そして訳のわからない下らないガラクタ(こう云うと遊星はひどく怒るのだが)しか入っていないのだ。
「相変わらず殺風景な部屋だな」
 タオルで顔を拭いながら戻ってくる遊星にジャックは馬鹿にするような口調で云った。
「・・・・・・ほっといてくれ」
 遊星はむっとしたように唇を引き結び、椅子にかけてあったTシャツを手に取った。その背中にジャックが声をかける。
「おい、遊星!」
 くるりと振り返った遊星にジャックは先程遊星の顔に投げつけた紙袋を差し出した。
「おまえにやる」
 袋を胸に押し付けられた遊星が中を覗くと、卸したてらしい洋服が上から下までひとそろい入っていた。ちらりと見えたタグには、普段遊星が買うものよりゼロがひとつ以上多い値が記載されている。
「・・・・・・ジャック、こういうのは、もういい」
 目線を落として、遊星は云った。施しを与えられたと思ったのだろう。おれは別にいまの生活に満足しているし、おまえからこんなものを貰う理由もない。そう云って困ったように目を逸らす遊星をジャックはフン、と鼻で笑った。
「別におまえを哀れんで、やったわけではない」
「だったらなんで、」
 眉を寄せる遊星に、肩を竦めてみせた。
「他の誰でもないこのおれの隣にいるのに、おまえがみすぼらしい格好をしていたのでは話にならないだろう?」
 遊星は呆れたように溜め息を吐いた。「・・・キングだからか?」
 その言葉にジャックは大仰に笑んで頷いた。「そうだ、キングだからだ!」
 それでも渋い顔をする遊星にジャックは伝家の宝刀を抜いて見せた。
「―――おまえが要らないというのなら別にいい。そうしたら捨てるだけだからな」
 案の定、効果はてき面で『捨てる』という言葉にぴくりと反応した遊星は渋々ながらも紙袋から服を出して身に着けだした。


 家の前に停められた真新しい、真っ赤なスポーツカーを見て、驚いた顔をする遊星にジャックは自慢げに笑いかけた。
「気に入ったか? おまえが前の白い車はいやだと云ったから買い換えたんだ」
「・・・前の車はどうしたんだ?」
 遊星の言葉に、ジャックは微笑んだ。
「フ・・・もう捨てたに決まっているだろう・・・?」
 キングは常にキングに相応しいものしか持たないものだ!
 そう云って笑うジャックの隣りで、遊星はぎゅっと掌を握りこんで俯いていたが、溜め息まじりに首を振ると、助手席へと乗り込んだ。

 シートベルトを締める遊星に、ジャックは声をかけた。
「遊星、おまえは何処に行きたい?」
「・・・・・・何処でもいい・・・」
 すこしの間のあと、ぽつりと呟かれた声にジャックは満足そうに笑った。
「そうだろうなあ!」
 このキングと出掛けられるのだから、それ以上の僥倖などないだろう!
 そう、行き先などは些細な問題だ、とジャックは思い、頷いた。
 ―――肝心なのはおれと、遊星、おまえが共にあるということなのだから。
 ジャックは乱暴にアクセルを踏み込み、ぐんぐんとスピードを上げていった。・・・隣で遊星が祈るように天井を見上げたことも知らずに。




短め。これの遊星サイドを書き終えてからUPしようと思ったんですが、なんか時間かかってしまったので先に。
いつもはもっと書き込むところをいろいろ省いたので結構楽でした。
どのくらい書き込むのが普通なのかよくわからない・・・・・・うーん・・・・・・。
とりあえず躁病っぽいジャックが書けてたらなあと思います(笑)
別にパラレルじゃなくてよかったんですがドライブさせたかったので必然的にパラレルということに。
サテライトにスポーツカーなんてないだろうしなあ・・・・・・笑
遊星サイドも近いうちにあげたいです。がんばろう・・・
2008.06.01