ラヴァーズ・トライアングル
兄サマはさっきからチラチラと時計を気にしている。たぶん、自分でも無意識なんだと思うけど、おれにはわかる(だっておれは生まれたときから兄サマの弟なんだぜィ!)。普段とまったく変わらない様子とポーカーフェイスで電話を片手に素早くキーボードを打ったり、書類にチェックを入れたり、訂正の指示を出したりしているけれど、それでもときどき視線がさっと壁にかけられた時計に走る。(あ、ホラまただ・・・) おれは兄サマのデスクの前に置かれたソファセットに座って、新作ゲームのロケテ結果を見ている。ときどき兄サマに、そのことで話を振っても、自分の仕事をしながら兄サマはさっと答えを返してくれる。こういうとき兄サマはほんとにすごいなーって思う。おれだって副社長っていう肩書きのもとで、それなりにはこなせていると思うけど、やっぱり兄サマのようにはいかない。こないだ学校で聖徳太子の話を聞いたけど(何人もの話を同時に聞けて返事も返せたんだってさ!)兄サマだっておんなじくらい、いや兄サマのほうがよっぽどすごいと思う。だって昔にはパソコンなんてなかったもんな。 いまは14時15分。ということは14時半まであと15分ってことだ。いつもだったら大したことはない時間だけれど、今日は兄サマにとって、そしておれにとってもすごく意味のある時間だ。14時半になったら、遊戯がここにやってくる。開発部からあがってきたばっかりのバーチャルシュミレーションゲームのモニターとして、らしいけど、それはたぶん口実なんだろうなあと思う。最近立ち上げたばかりのプロジェクトが忙しくて、兄サマはちっとも休みがとれないから。だから遊戯をこっちに呼んだっていうことなんだろう。普通に会いたいから・顔が見たいからって云って呼んじゃえばいいのに、とおれはちょっと思うけれど、それは兄サマのポリシーに反するらしい。まぁ気恥ずかしいだけなんだろうけどな!(でもそういう理由で呼んだら遊戯はきっと感動して、大喜びで来るだろうのに。兄サマってなんでもできるくせに、こういうときはものすごく不器用だ) 今日だって久しぶりに遊戯に会えるのを兄サマはすごくすごくたのしみにしているんだから。時計を見る回数がそれを物語っている。兄サマは超ちょう重要会議が控えているときだってあんなに時計を見たりしないもんな。もちろんおれだって遊戯に会うのは久しぶりだから、すっごくたのしみにしている。前に会ったのはいったいいつだったっけ? たぶん、何週間か前に兄サマの部屋に向かう遊戯と廊下で出くわして、「こんにちはモクバくん、お邪魔してるね」「おーゆっくりしてくといいんだぜィ!」と手を振ったとき以来。(さすがにおれもそこまで空気の読めないオコサマじゃないので、そんなときに兄サマの部屋にのこのこ遊びに行ったりはしない)(コイジを邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやら、だ!) 遊戯のそばにいると、なんだかとっても落ち着いて、あったかい気持ちになる。晴れた日のぽかぽかした陽だまりでうたた寝をしているみたいな気分。すごく、いい気持ちだ。兄サマも遊戯の隣りにいるときは、そんなふうに感じたりしているのかな? 書類の影からこっそり兄サマを覗き見ると、兄サマがふっと顔をあげたので、あわてて目を伏せる。見てたのバレちゃったのかな、とドキドキしていると、兄サマがドアに向かって声をあげる。 「―――グズグズしていないで、さっさと入ってこい」 え、と思っておれもドアのほうを見ると、おそるおそるといったふうに静かにドアが開いて、その隙間からひょっこり遊戯が顔を覗かせた。 「遊戯ィ!」 「こんにちは、モクバくん。・・・えっと、ボクお邪魔じゃない?海馬くん」 ちょっと早く着いちゃって、こっそり覗いたら二人ともお仕事中みたいだったし・・・と申し訳そうに目を伏せた遊戯を見て、フン、と兄サマが手にしていた書類の束をバサッと机に放り出した。 「くだらん気を回さんでいい。そこに立っていられるほうがよっぽど集中できんわ」 「えっ! わ、ご、ごめん・・・!」 その言葉にあわてたように遊戯がぱたぱたと小走りに部屋に入ってくる。兄サマのデスクの傍まで行くと、はにかんだように兄サマに笑いかける。 「―――海馬くん、ひさしぶり。元気だった? ちゃんとご飯食べてる?休んでる?」 「・・・ああ」 「遊戯〜兄サマったら、『食事なぞこれで充分だ』って云ってサプリメントとか携帯食ばっかりで済ませてるんだぜィ」 「ええっ!? いまのホントなの、海馬くん!」 「・・・・・・モクバ、余計なことは云わんでいい」 おれがこっそり告げ口すると、兄サマは眉間に皺を寄せて溜め息をついた。遊戯は、信じられない、と肩をいからせる。 「そういう食事ばっかりじゃ駄目だってボク、前も云ったよね!?」 「・・・なにぶん時間が惜しいのでな、それに栄養値的にはさほど変わりは、」 「だからっそういう問題じゃないんだってば!」 「そうだぜィ、兄サマ〜」 それからおれと遊戯、二人がかりで畳み掛けるように文句を云うと、兄サマが溜め息混じりに「・・・善処はしよう」としぶしぶながら口にしたので、遊戯とおれは目を合わせて笑った。こっそり小さくガッツポーズ。それにしても兄サマって遊戯にはほんとに弱いよな。これがホレタヨワミってやつ? おれは部屋の隅にある小型冷蔵庫からケーキを出して、テーブルのうえ、クッキーがたんまりと載せられた皿の隣りに並べた。おれと遊戯お気に入りの店のやつだ。目敏くそれに気付いた遊戯が歓声をあげたのを聞きながら、ケーキの取り皿とフォークも用意する。きちんと三人分並べられたそれに甘いものがあんまり好きじゃない兄サマはちょっといやそうな顔をしたが、それには気付かないふりをする。(だってこういうのはみんなで食べるのがマナーでしょ?ねっ兄サマ!) 手伝おうとする遊戯を、おまえはゲストなんだから何にもしないでいいの!と押し留めて、おれはテキパキとおやつの準備をする。なんでもそうだと思うけれど、たのしいことって大体は準備をしているときがいちばんたのしいんだ。(だからこれは誰にも譲ってやらないおれだけの特権!) 「じゃあおれ、お湯沸かしてくるんだぜィ!」 ドアに向かいながら云うと、遊戯がやっぱりボクも手伝うよ、と云いかけるのにおれはニィッと笑って手を振る。 「だからいいってば!ほら、新しいゲームのモニターするんだろ? 遊戯は兄サマとお留守番なんだぜィ!」 「な・・・お留守番って!ちょっとモクバくんボクのことなんだと思ってるわけ!!」 怒ったように手を振り上げる遊戯に、わー!とふざけ半分に悲鳴をあげながら廊下に飛び出した。ケラケラ笑うおれの背中に遊戯の怒号が飛ぶ。年下のくせにひとをオコサマ扱いしないでよねー! 笑いの余韻を引き摺りながら、おれは突き当りの給湯室に入り、ヤカンを火にかける。あーあ、遊戯ってからかうとほんとにおもしろいよなあ。打てば響くってこういうことを云うんだろうか。そんなことを思ってクスクス笑いながら、おれは茶葉のケースを手に取った。 * * * (遊戯が兄サマの恋人でよかったって思うけど、ときどき、ほんとうにときどきだけれど、遊戯が兄サマの恋人じゃなかったらよかったのに、とも思う。) 社長室の扉の前に立ったところでやっと、おれは両手がトレイでふさがっているせいでドアを開けられないことに気付いた。無理に開けようとすれば体勢を崩してカップを落としそうだし、さすがに足で開けるわけにもいかないので、仕方なく、なかから開けてもらおうかと、わずかに開いたままになっていた、扉の隙間からなかを覗き込むと、遊戯の歓声が耳に飛び込んできた。 部屋のなか、兄サマのとなりで遊戯がおおきく身振り手振りではしゃぐように、兄サマがつくった新しいゲームをプレイしている。(うわあすごい、すごいよこれ!さすが海馬くんがつくったゲームだね!)明るい声がゴム鞠みたいに、いつもは静かな冷蔵庫みたいな社長室に反射して、あたりにぽんぽんと跳ね回っている。そういうふうにしていると、おれよかぜんぜん子どもっぽいのに、ときどきものすごく大人だったりもする(遊戯ってほんとに不思議なやつ・・・)。 笑いながら遊戯が兄サマを見上げ、そんな遊戯に兄サマが目をほそめて、ほんのすこし微笑する。そしてそのことが嬉しくてたまらないというように遊戯がめいっぱいの笑顔を浮かべるから、兄サマもこらえきれないといったふうに、フッと唇をゆるめて、遊戯の頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃにする。 (・・・締まりのない顔をしよって、ほんとうにおまえはおれと同い年なのか?) (しっ失礼だなあ! ていうかボクのほうが海馬くんより年上なんだからね!) (なに?) (ほ、ほんとだよ!海馬くん誕生日10月でしょ?ボクは6月だから、ボクのほうが4ヶ月もお兄ちゃんなんだよ!) えへへー、と遊戯が兄サマの手の下で、胸を張る。 (お兄ちゃん、って呼んでもいいんだよ?) (・・・・・・フッ、どうやら先に生まれた分、脳みそもあまり成長する暇がなかったようだな) (ちょっ、ちょっとそれどういうこと海馬くん!!? ・・・アイタッ) 憤慨したと云わんばかりに頬を膨らませる遊戯の額を、兄サマが指ではじく。 (フン、こんなガキくさい兄などいらんわ) (ちょっと云ってみただけなのに〜・・・・・・) そういって笑う兄サマと遊戯を、おれは茶盆を抱えて突っ立ったまま、ドアの隙間から見ている。たのしそうにしている兄サマを見るとすごくうれしい。おれは、二人で笑いながらチェスをしていたころの、あの兄サマの笑顔がだいすきだったから。 陽だまりのしたで、お互いほんとうに愛しいものを見るように見つめあう遊戯と兄サマはまるで絵画を切り取ったみたいにきれいで、おれはうれしくなって、だけど同時に胸の奥がちくちくと痛んだ。完璧なふたりの間にはおれが入る余地なんてないみたいで、ばかみたいだけど、おれだけ置いていかれたみたいな、見捨てられたみたいな気持ちになる。足元からずぶずぶと真っ暗闇に吸い込まれていくみたい。砂漠の落とし穴。ほら、スニーカーの爪先から落っこちて―――・・・ 「―――モクバくん、なにしてるの?」 「えっ!?」 いつのまにか遊戯がドアを開けて、おれの前に立っていた。急に扉が開けられたせいで、窓からのひかりがサッとおれの目を刺した。 「そんなところに突っ立ってどうしたの? あっ、もしかして両手塞がっててドア開けられなかったとか? ごめんね、気付かなくって。さ、はやく入って」 遊戯がおれの腕をひいてぐいぐいと部屋の中に引っ張っていく。おれはちょっとつんのめりながらも遊戯に引かれるまま、部屋に足を踏み入れる。ふっと足元を見るけれど、そこにはいつものスニーカーがあるだけで、もちろん爪先から消えてなんかいなかった。ははは、バッカみたいじゃん、おれ。ちょっと恥ずかしくなる。迷子の幼稚園児じゃあるまいし! 「持ってきてくれてありがとう。じゃあお茶にしよう。ホラ海馬くんもモクバくんも座って座って!」 おれの手からティーセットが乗ったトレイを取り上げて、遊戯が云う。テーブルに置かれたケーキもクッキーもおれが部屋を出たときと変わらず、手付かずのままだった。 「・・・あれ、まだ食べてなかったのかよ。先に食べちゃっててよかったんだぜィ?」 そう云うと、遊戯はきょとんとした顔で兄サマと目を見合わせたあと、笑って云った。 「だってモクバくんがいなきゃ始まらないじゃない!」 おれが目をみはって、思わず兄サマを見ると、兄サマもこくりと頷いた。 「おまえが揃っておらんのに、勝手に始めたりなぞせん」 『揃って』という言葉の響きがすごくすごくうれしくて、ちょっと鼻の奥がツーンとした。勝手に零れてきそうになる目汗(そうだぜこれは汗!ただの汗なんだからな!)を必死で堪えて、おれは笑った。 「―――ありがとな、遊戯!兄サマ!!」 その日食べたケーキがいつも食べてるのとおんなじものなのに、いつものより何倍も何十倍も美味しかった。遊戯がお約束どおり生クリームを頬につけて兄サマに笑われたり、それをおれが舐めて遊戯は真っ赤に、兄サマは真っ青になって、そんな二人を見ておれが大笑いしたら、ふたりも仕方がないなというように目を合わせて笑ったり。それでもちょっとばかり不機嫌そうな兄サマにおれはこっそりこころのなかで舌を出す。―――ごめんね、兄サマ。 兄サマのことはだいすきだけど、おれは遊戯のことだってだいすきなんだ。ときどき遊戯が兄サマよりもおれを見てくれたら、って思っちゃうくらい。でもこれは兄サマには絶対内緒。誰にも云わないし、云うつもりもない。だって、遊戯は兄サマがすきで、兄サマは遊戯がすきで、ふたりともおれをとっても大事に思ってくれて、おれはそんなふたりを心のそこから愛しているんだから! |
モクバはほんっとにいい子だと思います。弟にほしい!DMの方限定ですが!
東映時代はなにかに憑かれていたとしか思えない・・・・・・兄弟ともども。(キャベツ・・・)
海表←モクバ風味なのはわたしの趣味だよ! いやほら兄嫁って萌えるじゃないですか。
幼く淡い、憧憬に似た恋心。叶わぬ初恋。みたいな!
海馬兄弟とAIBOで擬似親子みたいな関係性とか最高に萌えると思います(*´ρ`)
2007.09.12